今日も走ろう(鏑木毅)

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揺らぐ仕事への自信と誇り 心構えを新たに

2020/6/4 3:00
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山では新緑が美しい季節になった。5月、6月は緑が目にまぶしく爽やかで本来ならトレイルランニングの最適期。私もプロデュース大会が4大会、ゲストランナーとして2大会にかかわるなど一年で最も忙しくなる時期でもある。だが新型コロナウイルスの影響で全て中止となった今年は、自宅にこもりっきり。これらの大会で走るのを楽しみにしてくれていたランナーに宛てて、大会パンフレットなどにメッセージを書いている。

中止となった大会の参加予定者にメッセージを書き送っている

中止となった大会の参加予定者にメッセージを書き送っている

会場で会えるはずだった一人ひとりの名前を書きながら、わずかでもコミュニケーションができたようで心がほぐれる気がする一方、「今ごろはスタート地点、コースの途中、そしてゴールで、参加者と笑ったり、励ましたり、言葉を交わしたりできたのになあ」と思うと、何とも言えない気持ちになる。緊急事態宣言が解除となり、世の中は少しずつだが元に戻りつつある。それでも私たちのような仕事が本来の活動に戻れる日々はもっと先のこと。今のところ秋以降の大会についても開催できるのかどうか、まだはっきりとは見えない状況だ。

同じような境遇の友人が「仕事を無くしたショックもさることながら結局、自分の仕事は世間では必要とされていないのかもしれないと思って落ち込む」という。全く同感だ。今は誰もが苦しんでおり、とりわけ日々奮闘する医療現場の方々や雇い止めになり困窮している人たちのことを思えば、なかなか声には出しにくい。

だが、スポーツにせよ芸術にせよリアルな場で人を感動させ、楽しんでもらうことを生業(なりわい)とする我々にとって、本当に精神的にも苦しく追い詰められている現状を誰かにわかってもらいたい。

直接的に仕事がなくなることもさることながら、プロランナーとしての自分の務めはこのスポーツを通して人に感動を呼び起こし、幸せになってもらうことである。それを誇りとし生きがいとしてきた。今はそのプライドを正直、保ちにくい。この仕事に就いたことに対して後悔する瞬間さえあるほど。自分の仕事は人工知能(AI)には決して取って代われない、生身の人間だけができる仕事だと思っていた。それがこのような事態で気持ちが大きく揺れ動いている。

かつてプロデュースする大会のスタート会場で、「鏑木さん、気合を入れにこいつの背中を思いっきりたたいてください」と、ナーバスになっている選手の友人に頼まれ、「頑張って」と両手で彼の背中を強めにたたきエールを送った。のちに彼は重い病で亡くなったと知った。余命わずかな状況で自身の生きた証しを何かの形で残したいと思い、過酷な大会を目指していたのだった。そしてその目標こそが、病と闘う力になっていたのだという。

自分の仕事の意義を再確認させてもらえた出来事。現在の苦境を乗り越えるには、この仕事を選んだ原点の気持ちをもう一度思い出し、心構えを新たにして再出発に備えるしかないのだろう。不安を共有し、わずかな勇気を振り絞る、そんな自分の思いが誰かの心に届くよう、走る代わりに一枚、一枚、文字をしたためている。

(プロトレイルランナー)

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