関西人 強みは開拓者精神 長谷川滋利さん
関西のミカタ 元大リーグ投手

関西タイムライン
2020/6/3 2:01
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 はせがわ・しげとし 1968年兵庫県生まれ。91年ドラフト1位でオリックス入り。97年から米大リーグのエンゼルスとマリナーズで通算9年間プレー。日米通算102勝88敗37セーブ。現在米国に在住、オリックスのシニアアドバイザーを務める。(写真は2019年撮影)

はせがわ・しげとし 1968年兵庫県生まれ。91年ドラフト1位でオリックス入り。97年から米大リーグのエンゼルスとマリナーズで通算9年間プレー。日米通算102勝88敗37セーブ。現在米国に在住、オリックスのシニアアドバイザーを務める。(写真は2019年撮影)

■1997年にオリックスから米大リーグのエンゼルスに移籍し、野茂英雄とともに日本人によるメジャー挑戦のパイオニアの一人となった兵庫県加古川市出身の長谷川滋利さん(51)。今も米国でプロゴルファーとしての活動に取り組むなどチャレンジ精神は健在だ。

野茂さんと私だけでなく、私と同時期にメジャーに挑んだ伊良部秀輝さん、マック鈴木さん、吉井理人さんは全員関西人だが、これは決して偶然ではないと思う。関西人は外の世界に意識が向いている人が多く、特に東京に対するライバル心や憧れがある。実際、東洋大姫路高(兵庫)時代に「東京のチームだけには絶対負けるな」と言われたこともあった。いつか一旗揚げたいと思っている関西人は「関西を出て成功したい」という気持ちを持っている。

私は今、プロゴルフという新たな世界に挑戦中だが、新型コロナウイルスの影響で参戦を予定していたシニアツアーが中止になった。とてもつらいが、世の中にはもっと苦しい人がいる。今は1日1冊の本を読んで教養を高めるなど、米国の自宅でできることに前向きに取り組んでいる。

■オリックス時代の95年に阪神大震災が発生。「がんばろうKOBE」が合言葉になった同年は12勝を挙げリーグ優勝に貢献した。スポーツが非常時も社会に必要とされた経験から、6月19日の開幕が決まった今季のプロ野球では古巣の選手たちにコロナで疲弊した社会を元気づけるプレーを期待する。

オリックス時代の1995年、12勝を挙げリーグ優勝に貢献した

オリックス時代の1995年、12勝を挙げリーグ優勝に貢献した

震災当時はシーズンが始まっても神戸市内は焼け野原みたいで、その光景を見るたびに涙が出た。身近な場所で大変な思いをしている人が大勢いると思うと、マウンドに立つたびに気持ちが入った。「オリックスの優勝が被災者を勇気づけた」といわれているが、実際は逆。自分たちが被災者から力をもらい、優勝できたと思っている。

今、オリックスのシニアアドバイザーを務める立場として言えば、開幕後は特に古巣の選手に頑張ってほしい。選手たちは今、野球をやれることがどんなにありがたいことかを痛感しているはず。開幕後はその気持ちを忘れずにプレーしてほしい。忘れかけたら、もう一回世の中を見回して、感謝の心を思い出してほしい。その気持ちがあればいいプレーにつながり、おのずと結果もついてくる。

■小学2年のとき、父親が監督をする大人のソフトボールの試合に出場したことがプロ野球選手になった原点だ。中学時代に全国優勝。東洋大姫路高―立命館大―オリックスと歩み、メジャーに挑戦するまではずっと関西で野球人生を過ごしてきた。

父から突然「出ろ」と言われた大人の試合で投げ、地元新聞に「小学生が好投」と取り上げられたのが"初登板"だった。以降もこんな風に普段から大人に交じってプレーしていたため、同級生と野球をすれば絶対に勝てた。こうして自信をつけ、プロ野球選手になることが夢になった。

高校時代は野球漬けのつらい3年間だったが、上級生による陰湿ないじめが全くなかったことは恵まれていた。練習がハードすぎて下級生をしごく余裕などなかったのだと思う。それほど高校時代は厳しい練習の日々だった。

今の高校生はコロナでスポーツが満足にできず、私の高校時代とは逆の意味でつらい状況にあると思う。できることが限られる中、例えばメンタルトレーニングを勉強するのはどうだろうか。私はプロ入り後の24歳前後からメンタルトレーニングの勉強を本格的に始めたが、もう少し早くから始めた方がよかったというのが実感だ。今はインターネットで簡単に知識が手に入る時代。若い人たちには、前向きな気持ちで今できることを見つけ出してほしい。

(聞き手は田村城)

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