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ラグビーの多様性を体現 「キンちゃん」謙虚に引退

2020/6/5 3:00
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ラグビー日本代表として史上最多の98キャップ(出場試合数)を持つ大野均(ひとし、愛称=キンちゃん)さんが引退した。仲間やファンに誰よりも愛されるとともに、ラグビーの多様性を象徴する存在でもあった。日本代表と東芝で僕が一緒にプレーした「均ちゃん」の思い出を振り返ってみたい。

スマートフォンに均ちゃんがバスケットボールをしている動画が残っている。僕が東芝のコーチをしていた2018年に撮影したものだ。ぎこちないフォームから放ったシュートはリングにも当たらず、床に落ちた。均ちゃんはこちらを向いて苦笑いしている。

インターネットで引退会見を開いたラグビー元日本代表の大野均さん(東芝提供)

インターネットで引退会見を開いたラグビー元日本代表の大野均さん(東芝提供)

器用さがないからこそ、長所を徹底して磨く

ラグビー界に残した足跡の大きさとは裏腹に、ボールを扱う技術や細かい運動神経が飛び抜けていたわけではない。高校の野球部の時も補欠だった。「バットに当たれば飛ぶんだよ」なんて言っていたけど、「変化球に弱くて打てなかった」あたりが均ちゃんらしい。

楕円球に触れたのも大学から。しかも、全国的には無名の日大工学部のラグビー部だった。エリートには程遠い均ちゃんがレジェンドになれたのはなぜか。

本人が引退会見で話していた。「大学からラグビーを始めてパスもキックも下手くそな中、何でチームに貢献できるかと考えたら、走ることと激しさだった」。自分のやるべきことに専念したのが良かったという説明だった。

ラグビーにはキックのように繊細な運動神経が必要なプレーもあるが、才能がなくても後天的に鍛えて上達できるプレーも多い。タックルやブレイクダウン(タックル後の密集戦)などは技術も大事だが、体の強さや怖がらずに当たることの方がずっと重要になる。

均ちゃんはこの点が抜群だった。強靱(きょうじん)な体に運動量、足の速さという肉体的な長所もあったが、何よりも精神的にタフだった。

どんな時も痛がらない。いつでもひたむき。試合でケガをした時も「何とかやるよ」が口癖だった。次の試合では本当に何事もなかったかのように走り回る。どの試合でも常に全力を出す真面目さもあった。相手が世界ランキング62位のカザフスタンだろうがニュージーランドだろうが100パーセントで戦った。

大野さんは俊足、強靱(きょうじん)な体に支えられた運動量といった肉体的長所を持つだけでなく、精神的にタフな選手だった

大野さんは俊足、強靱(きょうじん)な体に支えられた運動量といった肉体的長所を持つだけでなく、精神的にタフな選手だった

ラグビーは15人が試合に出られるし、ポジションごとに求められる能力も全然違う。他のスポーツで日が当たらなくても、遅い時期に始めた選手でも、自分の居場所を見つけられればトップレベルになれると示してくれたのが均ちゃんだった。

誰より仲間を勇気づけてくれる選手でもあった。あのハードなプレーを見たら「俺もやらなあかんな」という気持ちになる。僕が12年に代表のキャプテンを初めてやった時も、均ちゃんがいてくれたおかげで緊張や不安が和らいだ。

自分のやるべきことをやると言っても、20年以上続けるのは簡単ではない。選手としての地位が確立されると、つい他のプレーに手を出したりスタイルを変えたりすることがある。均ちゃんがぶれなかったのは、周囲への感謝の思いがあったからではないだろうか。

ラグビーを頑張れるならお酒もOK

「素人同然なのに東芝に拾ってもらった」とよく口にする。入部した時も大きな事は考えず、「5年くらいプレーして何試合か出て、地元の福島で凱旋試合ができればいい」くらいにしか考えていなかったそうだ。

成長できたのは仲間やコーチのおかげという気持ちを忘れず、いつまでも謙虚なままだった。東芝でも試合に出て当たり前という気持ちは全く見せず、出場機会に恵まれない選手をよく飲みに誘っていた。声の掛け方にも味があった。「行こうぜ!」ではなく、「ちょっと行く?」みたいな感じ。

僕も一緒によく飲んだ。東芝に入った時、寮の隣の部屋が3年先に入社した均ちゃん。練習後に「一杯だけ飲もう」と互いの部屋で仕事やラグビーの話をする。もちろん一杯では終わらないが、均ちゃんは淡々と飲み、いつまでも優しいままだった。酒を飲んでも次の日にラグビーを頑張れるならいいというアマチュア時代の気風を残す、数少ない選手でもあった。

日本代表としてプレーする大野均さん(2015年8月、東京・秩父宮ラグビー場)

日本代表としてプレーする大野均さん(2015年8月、東京・秩父宮ラグビー場)

均ちゃんが珍しく試合中に痛みをのぞかせた場面があった。15年ワールドカップ(W杯)のサモア戦。前半の終盤に足を肉離れし、全力で走れなくなった。それでも足を引きずりながら動き続ける。ハーフタイムの直前にもラックに入り、ボールを確保。直後に山田章仁がトライを挙げた。もし均ちゃんが動きを止めていたらトライは生まれなかった。均ちゃんのW杯でのラストプレーは、その真価を改めて感じさせてくれるものだった。

「ついにコンディショニングを始めたんだ」。こう話していたのは40歳になった頃。体調管理とは無縁だったのに自分で灸(きゅう)をするなどのケアをしていた。

「灰になってもまだ燃える」が信条の人。心が折れることはない、引退するとしたら体が原因になるかなと思っていた。昨年からは膝が悪くて練習ができないと聞いていたから、42歳まで現役を続けたことに本当にお疲れさまですと言いたい。

均ちゃんがラグビー界に残したものは大きい。プレーでの貢献に加え、大学生からラグビーを始めてあそこまでいったというサクセスストーリーは多くのプレーヤーを勇気づけただろう。

昔はルールの知識も心もとなかった

ラグビーを見始めた人の背中も押してくれる存在かもしれない。足が速かった均ちゃんは若い頃、WTBでも起用された。ある試合で均ちゃんの所にキックが上がった。普通ならフェアキャッチをして、FKになる場面。相手の選手もチェイスをやめていた。ところが、キャッチした均ちゃんは前に走り出す。不意を突かれた相手の間を抜いていった。奇襲を狙ったわけではない。フェアキャッチというルールを知らなかったからだった。

代表になる選手だって細かいルールを覚えていないことがある。ファンの人も細かい所は気にせず、プレーを楽しんでもらえたらと思う。

現役を退いてもラグビーに恩返しをしたい、ずっと携わりたいという気持ちは強いそうだ。「何をやるかは模索中だけど、最低限のスキルや知識がないから勉強したい」と話していた。その真面目さが均ちゃんらしい。

引退後はSNS(交流サイト)もスタート、ラグビー普及活動にも携わっていく(東芝提供)

引退後はSNS(交流サイト)もスタート、ラグビー普及活動にも携わっていく(東芝提供)

メディアなどを通してラグビーの魅力や奥深さを伝える役目はぴったりだろうし、体が大きくて優しいからイベントでも子供に喜ばれるはず。ただ、均ちゃんはラグビーの枠を超えて活躍できる人だとも思う。スポーツの価値を広く伝えていってくれることだろう。

2週間ほど前からは、今までやらなかったツイッターとインスタグラムでの情報発信も始めた。「今更ですか?」と思わず聞いてしまったけど、それだけラグビーの魅力を広めたい気持ちが強いのだろう。これからも周囲の予想を裏切る形で大活躍してくれることを楽しみにしている。

(元ラグビー日本代表主将)

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