EUから競争が消える時(The Economist)

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2020/6/2 0:00
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欧州連合(EU)は、加盟国に自国の産業や企業への補助金の提供を禁じている。加盟国がそのルールの適用例外を求める場合、欧州委員会の承認審査に通常、約6カ月かかる。だが最近は違う。

EUの競争法を担当してきたベステアー上級副委員長(左)と、加盟各国の競争条件を同じにすべく5月27日に7500億ユーロの基金創設を発表したフォンデアライエン欧州委員長=ロイター

EUの競争法を担当してきたベステアー上級副委員長(左)と、加盟各国の競争条件を同じにすべく5月27日に7500億ユーロの基金創設を発表したフォンデアライエン欧州委員長=ロイター

■EU各国のコロナ下の補助金規模はイタリアのGDPに匹敵

新型コロナウイルス感染拡大で各国経済に混乱が生じて以来、この「国家補助」提供を禁じる規制の適用除外を求める要請は、週末でも24時間以内に承認される場合が多い。EU加盟各国からの要望は当初こそ少なかったが、今や洪水のごとく急増している。既に承認された補助金提供や企業救済策は200件近くに達し、金額にして計2兆ユーロ(約240兆円)強に上る。これはイタリアの国内総生産(GDP)に匹敵する規模だ。

欧州経済の中核を成す単一市場はある部分、各国政府に自国の産業や企業を不当に支援してはならないという前提の上に成り立っている。支援を防ぐ政策の起源は、欧州統合の出発点にさかのぼる。だが今のEUは未経験の政策領域に踏み込んでいる。補助金規制がここまで緩和されたことはなかったからだ。各国の政治家は、思い出せる限りではあり得なかったような産業支援策を考え出している。

■風穴が開いてしまったEUの国家補助規制

問題は政治家がそれに慣れてしまう可能性だ。EUはコロナ危機前でさえ統制経済に向かっていた。だが、これまで政治家が特定の産業や企業を優遇しようとするのを防いできた一連の規制に、今や風穴が開いた格好だ。過去に規制が緩和されたことはある。2008年の金融危機の際も政府支援は提供されたが、すぐに本来の形に戻った。だが最近は自国の産業や企業への支援を禁じる規制の背後にある原則そのものを支持する加盟国が減っている。そのため緩和された規制は危機収束後も続く可能性がある。そのことはEUに新たな経済の時代が到来することを意味する。

EUが加盟各国に産業、企業への支援を禁じる規制は珍しいルールといえる。例えば、米国では各州が企業誘致のために優遇税制や低利融資などを提示し、互いに競うことが認められている。だがEUは、軍縮条約のように補助金を撤廃する道を選んだ。EUが明確に承認しない限り、対象が国有企業でも補助金の提供は禁じられている。各国政府は自国のサッカークラブの用地取得に補助金を出したり、多国籍企業誘致のために税優遇策を提供したりするたびにEUに忠告されてきた。こうした動きを監視するのが欧州委員会の権限の一つだ。補助金提供を監視する欧州委員会の担当者らは、反トラスト法(独占禁止法に相当)の運用も担当する。

14年からEUの競争政策を担当し、今は上級副委員長として競争政策を担当するベステアー氏が率いる欧州委員会の一部と、一部加盟国の間には長く緊張があった。フランスとドイツは「世界に誇れる欧州を代表する企業」の育成のために競争を巡る規制の緩和を繰り返し求めてきた。独仏は昨年、独シーメンスと仏アルストムの鉄道車両事業の統合計画を同氏が認めなかったことに激怒した。

■独など豊かな国だけが自国企業に補助金提供

世界的企業を生み出す一つの方法は企業合併を進めることだが、企業に国の支援を次々と与える方法もある。一時的とはいえ今はそれが認められている。確かに今の政府支援は世界的企業を誕生させるというより、不必要な倒産や失業を防ぐのが狙いだ。だが政府の支援規制緩和を長く続けすぎると、企業に投入される資金は各社を今の危機から救うより、危機後のそれら企業の競争力を高めることが狙いになっていくだろう。

スペインなど一部の加盟国は既に、今のような政府支援を際限なく認めるなら単一市場の存続は難しくなると不満を表明している。一部の豊かな国だけが自国の産業や企業に多額の資金を投じているからだ。EU全体で提供された国家補助金の約半分は独政府による。ドイツは豊かな大国で、コロナ危機に突入した時点の公的債務も他国より少ない。規模が小さく、財政が苦しい国々は、自国企業にこれほどに手厚い支援を提供できずにいるだけに、他国の企業にのみ込まれるのではないかと懸念を募らせている。

そのためEUの政治家は競争条件の偏りの是正に忙しい。フォンデアライエン欧州委員長は5月27日、融資と補助金からなる7500億ユーロの基金を創設すると発表した。資金の負担能力のある国(ドイツ)から財政が厳しい国(スペイン)への資金の再配分が狙いだ。各国は最終合意に向けて今後、詳細を詰める。

EUはドイツが財政支出を増やすことを何年も望んできたとベステアー氏は言う。同氏は国家補助がもたらす長期的リスクについて、規制緩和は一時的なので大丈夫だと強調する。コロナ禍前から経営不振の企業は救済しないし、経営難に陥り政府に支援された企業には返済が義務付けられると強調した。大規模な公的支援を受けた企業は、その大部分を返済するまで配当や賞与の支給は認められない。

■米中の企業への補助金強化にEUはどうする

今の危機下では、欧州委は各国の判断に任せるより選択肢はほぼないと事情通は明かす。「EU本部が柔軟に対応しなければ各国政府はEUのルールを無視するだけで、欧州委としては避けたい事態だ」とある弁護士は明かす。すべての補助金提供をEUが迅速に承認した後、企業支援を段階的に撤廃するなど規制を再強化する方法はある。

政府支援禁止を支持する向きは08年の危機後と同様、規制は再強化されるとみるが、今回は状況が異なるようだ。10年前のEUは、EUの新たな枠組みを決めた修正リスボン条約の発効もあり勢いがあった。金融危機下の政府による不人気な銀行への支援は、制度の抜け穴を悪用したかのようにみられただけに支援打ち切りも政治的に容易だった。当時はユーロ危機による加盟国の財政問題もまだ顕在化していなかった。

今回は救済は必要で、支援される企業に問題があるとはみられていない。危機を受け、欧州企業はサプライチェーンを欧州に再構築すべきだとの声も強まっている。政府の補助金を拡大すればその実現は容易になる。様々な政府支援は排除すべきだと長年、強く主張してきた英国はEUを離脱した。南欧諸国はその政府による支援がEUのルール違反だとの指摘を何度も受けてきただけに、政府支援が可能になっても文句は言わないだろう。アイルランドとオランダは、両国が多国籍企業に提供した税優遇策はEUの競争法違反になると指摘された。ポーランドとイタリアは、独仏の世界的欧州企業の育成という考えを支持している。

ベステアー氏は各国が「同じ条件で競争する」、つまり政府による特定企業への支援を認めないのは今も重要な考え方だと言う。しかし、米国と中国が補助金を出して自国企業の競争力強化を図っていることへの懸念は欧州にも広がっている。EUは、コロナ危機前でさえ電気自動車向けのハイテク電池工場の建設など、政治家が好みそうな産業プロジェクトへの政府支援の提供を認めるなど譲歩を重ねてきた。

フォンデアライエン氏が、巨額のEU基金の創設を発表できたのは仏独の提案による。マクロン仏大統領とメルケル独首相はEUが新たに大きな権限を持つべきだと提唱しつつ、同時に域内産業の追い風になるよう国家補助規制を現状に合わせて恒久的に"適応"させるよう欧州委員会に求めている。この提言を無視するのは難しいと判明するかもしれない。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. May 29, 2020 All rights reserved.

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