「甘い飲料で糖尿病」どこまで正しい 栄養疫学が迫る
ケンブリッジ大学 医学部上級研究員 今村文昭(4)

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前々回は、今村さんが行った「エルカ酸と心不全との関係についてのコホート研究」をひとつの事例として見た。
社会集団を観察して、どんな要素が病気などの因子になっているのか見定める研究がどう行われるか、代表的な研究デザインであるコホート研究をざっくりと理解できたのではないかと思う。もっと知りたくなった人は疫学入門書を手にとってくださればと思う。
そして、このようなエビデンスが蓄積してくると、それらを統合しようというモチベーションが生まれる。まずは、議論に役立ちそうな研究を抽出する系統的レビュー(システマティック・レビュー)が行われ、複数の研究を統合して分析するメタアナリシスへと続く。系統的レビューとメタアナリシスは、それらの性質上セットになっている場合が多い(ただ、メタアナリシスを伴わない系統的レビューもあるし、系統的なレビューに基づかないメタアナリシスもあるので、そこのところは注意)。
では、今村さんが行った系統的レビュー・メタアナリシスの実例を見せてもらおう。
「いわゆる加糖飲料、砂糖が入ったソフトドリンクと糖尿病についての研究です。ケンブリッジ大学がヨーロッパの他の国々の研究機関と一緒に運営にかかわっているEPICコホートの研究を含む17の研究成果をまとめて、母集団は数十万人くらいの規模になりました。日本での研究も3つ入っています」
今村さんがテーブルの上に差し出したのは、2015年、医学のトップ論文誌の一つである「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)」に掲載されたものだった(※1)。
加糖飲料(砂糖が入ったソフトドリンク)の摂取が糖尿病を患うリスクとどれだけ関係しているか推定するのに加えて、ダイエット飲料(人工甘味料が入ったソフトドリンク)とフルーツジュース(濃縮還元を含む100%のもの)についても検証している。
そのためには、まずどんな方法で「系統的レビュー」をするのか。今村さんが見せてくれた「探索戦略(Search Strategy)」の文書では、最初はネットで検索すると書いてあった。誰もが思いつくような「戦略」だ。ただし、Googleで「ググる」わけではなく、PubMedやOVIDといった医学、公衆衛生領域の論文を集積した専門的なサイトを対象にする。恣意的に選んでいないことを示すために、ブラウザのバージョンと使った検索式まで示してあった。
「最初の段階では2000件以上がヒットしまして、それらの中で、タイトルや要約を見ることで、不適切なものを除外していきます。たとえば、見ているのが加糖飲料ではなく、アルコール、コーヒーなど、ほかの飲料だったり、対象となる集団が子どもでほかの病気のリスクを見定める目的だったりといった研究は検討から外します」
ここまでくると論文の数は33にまで減って、後はすべての論文を詳細に読み、ひとつひとつ研究に組み込めるかどうか検討していく。この段階まで来た後に除外された論文は、「他の論文に同じ集団のより適切な結果が含まれている」「データが不十分なので著者に連絡して提供を求めたが返事がなかった」といったものだ。
そして、残った17の研究の内容を吟味した上で、それぞれにあるかもしれないバイアスや特記事項(たとえば、「加糖飲料とダイエット飲料」が区別されていない、など)を抽出し、妥当性のランクもつけていく。ここまでが「系統的レビュー」に相当する。
系統的レビューの結果をまとめた要約表は、情報の宝庫だ。既存の研究をまさに一覧できるわけで、これだけでも一つの仕事として評価される。
しかし、当然ながら、ここまで来たらこれらの研究をまとめるとどういう結論になるのか知りたくなる。それがメタアナリシスの作業だ。
そこで、系統的レビューで整理された研究の成果を不確かさを含めて統合していく。もちろん第2回のエルカ酸のコホート研究で説明したように、データを歪ませる様々な要因をできるかぎり取り除きつつ、結論に至る。
個人的に印象的だったのが「出版バイアス(パブリケーションバイアス)」の扱いだ。
まず出版バイアスという概念自体、興味深い。例えば、結論がはっきり出た研究のほうが、「よくわかりませんでした」という研究よりも、論文が発表されやすいかもしれない。通説を補強する結果のほうが、相反する結果よりも取り上げられやすいかもしれない。著者自身やその研究グループが以前に出した結論と相反する内容の論文は、そもそも投稿されにくいかもしれない。こういった偏りがあるなら、系統的レビューやメタアナリシスの結果が歪んでしまうだろう。そういったことが出版バイアスと呼ばれている。
未公表の論文やデータを部外者が見つけることは難しいから、どうしようもないのではないかと考えられる。しかし、驚くべきことに、これにはいろいろな対処法が考案されている。単純化して概念だけ示す。
例えば、統合する論文の中のデータをまとめてプロットし、その分布に不自然なところがないか確認する手法が開発されている。研究の結果はばらついて当然で、そのばらつきの中で、「メリットもデメリットもなし」だとか、研究としてのインパクトが乏しいものが、結果的に発表されずに終わったとしたら、分布の中でごっそり欠けている領域があるはずだ。もしも、そういった領域がはっきり見つかれば補って解析することができる。また、見当たらなければ出版バイアスのエビデンスはないといえる。
ぼくはこういう手法にかなり感心してしまったのだが、今村さんは慎重な見かたをする。
「出版バイアスへの対処方法があるとなると喜ばしいように思われるかもしれませんが、私はそれほど信用していません。すべての論文が一様に『出版バイアス』の影響を受けているとしたら、『ごっそり欠けている領域』を判断することがそもそも不可能ですから。こうした問題は各研究グループが結果を導いて発表した論文を基に行うメタアナリシスの宿命ですね」
https://doi.org/10.1136/bmj.h3576
それでは、こういったことが「宿命」なら、受け入れるしかないのだろうか。なんらかのうまい方法はないのだろうか。
「今説明したようなメタアナリシスは、すでに行われた解析結果、論文を振り返るので『後ろ向きのメタアナリシス』と考えることができます。その一方で『前向きのメタアナリシス』と呼ばれるものがあります。複数の研究グループが協力して、同じ仮説について、共通項のあるデータを持ち寄って、もっとも妥当と考えられる解析を議論して結果をまとめて論文にするというものです。そのやり方なら、出た結果によって各研究グループが独自に解釈したり論文を発表したりすることはありません。もちろん元になるコホート研究の疫学的な問題などは抱えたままになりますが、それでも、もっとも出版バイアスの少ない、統合されたエビデンスを提供できると考えられています」
最近、医学や隣接分野の研究を、事前登録する動きが広がっている。研究の結果が出てから公表するかどうか決めるのでなく、研究グループの見込みとは違う結果が出ても、その内容を封印してしまわないようにする工夫だ。それに加えて、最初から複数の研究グループ、複数のコホートなどからのデータを統合していくことを意図する「前向きのメタアナリシス」というのは、なるほど価値がありそうだ。面会時ではあまり掘り下げられなかったが、今村さんも今現在そういったプロジェクトに参加し論文も出している(※2)(※3)。
議論の本筋に戻る。なんとなくでもいいのでどんな作業をしたのかイメージした上で、論文の結論に進もう。
「比較的はっきりとした結果が出たのは、加糖飲料です。日本からのエビデンスは弱いですが、毎日、コップ1杯、250ミリリットルの加糖飲料を飲んでいる人は、妥当な数字としては平均で1.1倍ちょっと糖尿病のリスクが高かったというものです。つまり10%くらいリスクが高いのです」
加糖飲料を飲んでいる人ほど、10%リスクが高い。それをぼくたちはどう捉えればいいのだろうか。個々人の考え次第では「気にしない」こともありうると思う。しかし、少なくとも欧米の公衆衛生政策の側からは、無視し難い。

「イギリスではこれからの10年で260万人が新たに糖尿病になると推定できるのですが、加糖飲料の消費を考え合わせて当てはめてみると、そのうち10万人ぐらいが加糖飲料のせいで発症するかもしれないということになります。つまり、加糖飲料を飲まなければ糖尿病を予防できるかもしれない人たちがそれだけいるということですね。アメリカだともっと糖尿病のリスクが高く加糖飲料の消費も多いので、今後10年のうちに200万人くらいの人たちが加糖飲料の摂取によって糖尿病になるかもしれないと推定できました。何%リスクが高いとか言うよりも、こういうふうに実社会と関係する数字を出してみると、具体的な政策などを考えやすいとされています」
糖尿病だけではなく異なる疾患でも質の高いエビデンスが出るのが待たれるものの、こうした研究や肥満に関するエビデンスをもとに、世界保健機関(WHO)は、この論文が出た翌年の2016年から「砂糖税」なるものの導入を推奨している。これはソフトドリンクに砂糖を入れる時に加算されるもので、たとえば、コカコーラを伝統的なレシピに従って砂糖を使って製造し続けると、砂糖税の分だけ値上がりすることになる。そして、イギリス政府をはじめ欧州の多くの国が、実際に「砂糖税」を導入することになった(イギリスでは2018年4月から実施)。
疫学研究による証拠をきちんと作り、その上で政策に反映させるという意味で、今村さんのMRC疫学ユニットは良い仕事をしたと評価されるべきだろう。この政策が続いた後、実際にどれくらい糖尿病や肥満を減らせたか注目したい。
一方で、ダイエット飲料とフルーツジュースはどうだろう。
「実は、人工甘味料の飲料と、フルーツジュースも正の相関、つまり見かけ上、糖尿病のリスクが高そうな結果が出ました。でも、それらは証拠が弱いと考えています」
論文を見ると、人工甘味料のソフトドリンクを飲んでいる人は8%リスクが高く、フルーツジュースを飲んでいる人は7%リスクが高いというように読める。砂糖入りのソフトドリンクよりは穏やかだが、有意な結果が読みとれる。これらのどこが「証拠が弱い」のだろうか。
「まず、人工甘味料を使ったダイエット飲料ですが、いろんな解析をしていって、太っている人ほど人工甘味料のダイエットコークなどのダイエット飲料を飲んでいる傾向があると判断しました。それを加味すると、たとえ正の相関があっても、強いエビデンスがあるとは言えないというのが結論です。これについてはウェブで読める補遺(Supplementary Material)に詳しく書きました(※4)」
この補遺は26ページにも及ぶもので、印刷される論文ではつくせない議論が存分に行われている。ダイエット飲料を飲む人に太っている人が多いとすると、肥満はそれ自体大きな糖尿病リスクなのだから、ダイエット飲料がいけないのか、肥満がいけないのか分からなくなる。その点を考慮すると「正の相関」のエビデンスは弱いということが分かった。
では、フルーツジュースの方はどうだろう。
https://doi.org/10.1371/journal.pmed.1002670
(※3)del gobbo lc, imamura f, aslibekyan s, et al. ω-3 polyunsaturated fatty acid biomarkers and coronary heart disease. jama intern med. 2016;176(8):1155.
https://doi.org/10.1001/jamainternmed.2016.2925
(※4)補遺(supplementary material)pdfファイル
https://www.bmj.com/content/bmj/suppl/2015/07/21/bmj.h3576.dc1/imaf023070.ww1_default.pdf
「ここで問題になったのは、何をもって糖尿病に罹患しているかを決めるのかということです。統合した17の論文でも、『私は糖尿病を患っています』という自己申告に頼った研究もあれば、きちっと血糖値を測ったり病院のカルテで確認している研究もあります。そして、フルーツジュースと糖尿病との正の相関を出している研究は、自己申告に頼っているものが多かったんです。一方で、血糖値やカルテをもとに客観的に糖尿病の罹患をおさえた研究では、相関は見られませんでした。自己申告で済ますか、血糖値やカルテできちんと見るかという違いで、研究結果が違ってくると分かりました」
これは、とても興味深い分析だ。なぜ自己申告に頼るとフルーツジュースの影響が大きく出るのか、その背景を考えようにもなかなか思いつかない。
「ものによっては、研究者が簡単に結果を出そうとして、スキャンダラスな情報だけ出した可能性もあります。でも、正直、よく分からないですよね。ただ、原因がはっきり分からなくても、糖尿病の罹患のおさえ方、測定の仕方によって、結果がはっきり分かれてしまうなら、もう強いことは言えないんですよ」
さらにいえば、このメタアナリシスの後、フルーツジュースを提供して飲んでもらうタイプの介入研究も2017年に論文になっており、それによると、フルーツジュースの摂取には、糖尿病のリスクに関わる指標、例えば、血糖値などを慢性的に悪化させるエビデンスはないという(※5)。栄養疫学分野では、観察研究のメタアナリシスを参照しつつ数少ない良質な介入研究にも目配りをするべきというのは、前回、「エビデンスレベル」の話のところで今村さんがまさに言っていたことだ。
というわけで、今村さんは、現状のエビデンスではフルーツジュースが糖尿病のリスクを上げるとは言えないと結論している。
あらためてこのメタアナリシスのおさらいをする。
集約すれば、以下の通り。
まず、加糖飲料を毎日コップ1杯ほど摂取している人はしていない人と比べて糖尿病罹患リスクが10%ほど高い。そして、ダイエット飲料やフルーツジュースは悪いとは言えない。
この知見は、前述の「砂糖税」の導入などの形で、英国をはじめ国際的な公衆衛生政策にも反映されている。また、この研究をはじめとした疫学研究の社会への貢献は、学内での評価もすこぶる高く、ケンブリッジ大学の2016年学長賞受賞へとつながったそうだ。
ただ、ここで少し悩ましいことに触れておく。
今、日本語で、フルーツジュースと健康の関係を検索してみると、「加糖飲料はもちろん、フルーツジュースも有害だと科学的に示された!」と述べているサイトが見つかる。中には今村さんの研究を根拠にしているものもある。論文の著者が慎重な解釈をしているのに、それを知っているのか知らないのか、とても不思議だ。
このあたりは、栄養疫学分野の知見が、一般にとても関心を持たれており、研究の内容が曲解されつつ独り歩きしてしまう一つの実例だ。それにしても、論文の中での解釈とは反対の意見があたかも研究結果のように語られてしまうのは、かなりつらい。
https://doi.org/10.1017/jns.2017.63
=文・写真 川端裕人
(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2018年10~11月に公開された記事を転載)
1979年、東京生まれ。英国ケンブリッジ大学医学部MRC疫学ユニット上級研究員。Ph.D(栄養疫学)。2002年、上智大理工学部を卒業後、米コロンビア大学修士課程(栄養学)、米タフツ大学博士課程(栄養疫学)、米ハーバード大学での博士研究員を経て、2013年より現職。学術誌「Journal of Nutrition」「Journal of Academy of Nutrition and Dietetics」編集委員を務め、「Annals of Internal Medicine(2010~17年)」「British Medical Journal(2015年)」のベストレビューワーに選出された。2016年にケンブリッジ大学学長賞を受賞。共著書に『MPH留学へのパスポート』(はる書房)がある。また、週刊医学界新聞に「栄養疫学者の視点から」を連載した(2017年4月~2018年9月)。
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
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