感染爆発のNY PCR付きで抗体検査を受けてみた

日経ビジネス
2020/6/2 2:00
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これがシティMDの診察所の正面。ニューヨークは改修中のビルが多く、入居するビルも足場が組まれている状態だった

これがシティMDの診察所の正面。ニューヨークは改修中のビルが多く、入居するビルも足場が組まれている状態だった

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「1日当たりの検査件数2万件を1週間前倒しで達成できそうだ」──。

新型コロナウイルスの感染爆発が起きた米ニューヨークで、ビル・デブラシオ市長がこう話したのは2020年5月17日のことだった。目標を前倒しで達成できるとしたのが5月25日のメモリアルデー。毎年、夏に向けて人々の活動が活発になる時期だ。

感染爆発を体験したこともあり、ニューヨークは経済活動の再開に向けて慎重な姿勢を保っている。アンドリュー・クオモ知事が3月22日に発令した「外出禁止令(Stay-at-home Order)」もいまだ解除されず、6月13日まで延長されている。

ニューヨーク州での経済再開は4つのフェーズに分けて実施することになっている。第1フェーズの「製造業と建設業の活動再開」をスタートさせたのは、州に10ある地域のうちニューヨーク市を除く9つ。特に被害の大きかった同市ではいまだ再開の気配がなく、3月22日から時が止まったままだ。

なお、第2フェーズは「小売りや不動産、金融」、第3フェーズは「レストランやホテル」、第4フェーズは「アートや教育、レクリエーション」の分野で活動が再開される。

「巣ごもり生活」が10週目に突入し、そろそろストレスもたまっていた筆者は、経済再開に向けた「手触り」を体感したくてうずうずしてきた。そこで、「ニューヨークで実際にやってみた」シリーズを立ち上げることにした。

第1弾として取り上げるのが「検査」だ。検査体制の確立は、クオモ知事もデブラシオ市長も経済再開の必須条件として長く掲げてきた。誰でも気軽に検査を受けられるようになれば、感染者の特定もしやすくなり、経済再開のタイミングを早められる。新シリーズのテーマである「経済再開の手触り」にうってつけだ。

日本にいる皆さんもご存じの通り、米国でも新型コロナの検査は大きく2種類ある。現時点で新型コロナに感染しているかどうかを見る「PCR検査」と、過去に感染していたかどうかを見る「抗体検査」だ。ニューヨークではPCR検査の対象を、すでに症状の出ている人や、医療従事者や食料品店の店員など人々の生活に不可欠なサービスを提供する「エッセンシャルワーカー」などに限っている。5月17日に、第1フェーズで活動が許された製造業や建設業の従事者にも広げられた。

ただ抗体検査については5月初旬から、ニューヨーク市内で基本的には誰でも無料で受けられるようになった。

「よし、抗体検査を受けに行ってみよう!」

そう考えた筆者は自宅近くの検査所を調べ、さっそく行ってみることにした。ちなみに4月27日にクオモ知事が発表した抗体検査の陽性比率によると、ニューヨーク市は24.7%、実に4人に1人が感染していた計算になる。

決行したのはメモリアルデー直後の5月27日、午後2時ごろだ。この日は最高気温が26度と暖かく、外出禁止にもかかわらず数多くの人がソーシャルディスタンスを取りながら外のベンチなどに座り、春の日を楽しんでいた。

筆者自宅近くの検査所を調べると、最も近いのが、予約なしで医療サービスを受けられるヘルスケア企業「シティMD(CityMD)」の診察拠点だった。3月までいつも使っていた地下鉄の駅の前にあった。

診察所に入る前にスマートフォンでグーグルマップを起動してキャプチャーした。マンハッタンのミッドタウンと呼ばれる地域にある

診察所に入る前にスマートフォンでグーグルマップを起動してキャプチャーした。マンハッタンのミッドタウンと呼ばれる地域にある

筆者も今回初めて知ったのだが、米国のクリニックは予約が必須で、混雑していると具合が悪くてもすぐには見てはもらえないという。そんな不便さを解消しようと、医師のリチャード・パク氏が10年、ニューヨーク市で設立したのがシティMDという会社だ。

300人以上の医師を雇用し、ニューヨーク州やニュージャージー州、ワシントン州に百数十拠点を構える。いわば「かかりつけ医」のチェーンといったイメージだ。ニューヨーク市など地方の政府と提携し、123拠点で新型コロナの検査を提供し始めた。こうした民間企業の検査実施が、市や州の検査拡大目標を支えている。

中は撮影禁止だったため写真ではご紹介できないが、診察所の広さは都内のコンビニエンスストアくらいのイメージだ。入るとすぐにナースステーションのような受付があり、その横に椅子が置かれた待合所、奥にいくつか診察室があった。

入り口を入ってすぐ、受付の前にキオスク端末があるのが見えた。「これで登録するんだな」と、端末に向かう。所定の位置に運転免許証を置くだけで住所や名前が自動で読み込まれるため、操作はほとんどせずに済み、快適だった。

そうこうしていると、受付の担当者が「やり方は分かる?」とカウンターから出てきて声を掛けてくれた。「たぶん大丈夫」と伝えた後のやり取りはこうだ。

担当者 「どうしてここに来たの?」

筆者 「コロナの抗体検査を受けたくて」

担当者 「健康保険には入っている?」

筆者 「入っています。ちょっと待って。海外旅行保険なんですけど受けられますか」(もぞもぞとバッグの中をあさり保険証を探す)

担当者 「なら保険なしとしてください。その方が事務手続きが単純なので。いずれにしても無料ですから大丈夫です。こちらに来て用紙に記入してください」

カウンターで用紙をもらい、名前や住所、生年月日など簡単な情報を記入した。すると、「そこで名前が呼ばれるまで待っていてね」と待合所へと促された。

すぐ横の待合所には、20人くらい座れる椅子があるのに、2人しかいなかった。後で聞いたところ、混雑するのは午後3時以降で、筆者が訪問した午後2時ごろは絶好のタイミングだったようだ。ちなみに診察時間は午前8時~午後8時となっている。

■1カ月半前は検査キットが足らなかったのに……

ここまですいているのは意外だった。つい1カ月半前は、知事や市長が連日の会見で「検査が足りない」と連呼するのを聞いていたからだ。

事情が変わったのは、感染がピークを越えて落ち着いてきた5月に入ってからだったようだ。

5月17日、クオモ知事は会見中に医師を招き、自らPCR検査を受けてみせた。「えっ、もう終わった? あっという間だし痛くもない。ぜひみんなも受けてほしい」。クオモ知事がこんな実演をしたのは、より多くの人に検査実施を促すためだ。

州全体で1日当たり4万件の検査を実施できる体制を整えた。全ては経済再開を目指してのことだ。

確かに、救急車で運ばれるほどの状態でない限り、検査は本人が自主的に受けに来なければ実施できない。感染しているのことを知らずに多くの人々と接触してしまう「隠れ感染者」の実態が見えないままでは、経済再開の道は閉ざされたままになる。

5月28日現在、直近2週間の新規感染者数はニューヨーク市内だけでまだ1万3000人ほどもいる。背景には、こうした隠れ感染者の存在もあるだろう。ただ市内の1日当たりの死者数は5月9日以降、100人を下回り続けている。本コラムでもニューヨークの医療崩壊については何度か取り上げてきたが、あのような状況だけはもう見たくない。

「ユカはいる?」

5分もたたないうちに奥からやってきた防護服姿の女性スタッフに呼び出された。いよいよ検査だ。

■スタッフからの意外な「オススメ」

3畳くらいの広さの診察室に入ると、歯科に置かれているような椅子がど真ん中に設置されていた。感染予防のための薄いペーパーが座席の上に敷かれている。座る前に「写真を撮ってもいいですか?」と尋ねると、「撮影も録音も禁止」との返事。仕方なくスマホをバッグにしまった。

後で分かったのだが、筆者を呼び出したスタッフは医師ではなかったようだ。パソコンの前に座り、筆者に質問をしては答えを入力していった。

聞かれたのは、日本の医療機関でもよく聞かれるようなことだった。身長と体重(フィートやポンドでの言い方を忘れていたので適当に言い、「合っているように見える?」と聞いたら笑っていた。結局、センチメートルとキログラムでも入力できたようだった)、タバコを吸うか、高血圧か、糖尿病か、両親は2つの病のどちらでもないか、手術歴はあるか……。現時点で症状が出ているかも聞かれたので「ノー」と答えた。

驚いたのはその後のやり取りだ。

スタッフ 「抗体検査を受けたいとのことだけど、PCR検査も受ける? 無料よ」

筆者 「もし受けられるなら。受けてもいいの?」

スタッフ 「はい。じゃあ両方ね」

筆者 「私は対象外かと思っていたのですが受けられるんですね」

スタッフ 「ええ、みんな受けているわよ」

「よっぽど在庫が余っているのだな」と思った。

■結果が出るまで4日間

後で調べたところ、州や市のサイトではとりあえず検査対象を限定しているが、それはあくまで目安で、実際の現場では対象を広げて実施しているようだった。

5月17日の会見でクオモ知事も「1日1万5000件の検査ができる検査所で1日5000件しか実施されていない」と明かしている。必死に検査キットを増やした結果、需要を上回る数の供給量を確保し、在庫が積み上がっているようだ。

実は3月に知人が発熱し、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に似た症状が出ていたにもかかわらず、どの病院に行っても検査が受けられなかった。当時は医師に新型コロナウイルス感染症と診断されなければ、検査を受けられないのが当たり前だった。キットが足りなかったからだ。彼女の勤務先は、結論が出ないので念のため職場の消毒をせねばならず、大騒ぎだったという。

それがこうも変わるのか。

一通り質問に答えた後、「結果は4日間くらいに出ます」と教えられた。ただ、検査を実施する研究所の混雑状況によっては1週間かそれ以上かかることもあるそうだ。

ちなみに米国では当初、米疾病対策センター(CDC)の所定の研究所でしか検査を実施できなかったが、需要が急拡大したことで連邦政府がその他の民間研究所にも検査を許可できるように条件を緩和した。ニューヨーク州でも3月11日から、民間の研究所が州から許可さえもらえれば実施できることになった。

スタッフによると、検査結果が出たらスマホに連絡が入るが、それよりも前にシティMDのサイトにアップされるとのことだった。「そこの張り紙にURLが書いてあるからスマホで撮影しておいた方が便利ですよ」と言うので、椅子から立ち上がり、撮影した。

ちょうど撮影しているときに「ハーイ! ハウアーユー?」と医師が部屋に入ってきた。明るくて感じのいい、若い白人女性だった。

■痛みもなく一瞬で

「そこに座って腕を肘掛けに置いてね」と言われたので、その通りにした。まずはPCR検査をするようだった。綿棒を試験管のような形の容器から出し、「少し上を向いて。ちょっと変な感じがするけど我慢してね」と言われた。

パンデミックが始まった頃にアマゾン・ドット・コムで購入しておいた洗えるタイプのマスクを外し、顎を突き出して準備した。すると、医師は長い綿棒を鼻の奥に入れ、くるくると回転させた。一瞬だった。クオモ知事の言う通り、痛みもなかった。

終わったらすぐに、マスクを着けた。ニューヨークでもいまやマスク着用は義務付けられている。罰則はないが、着けていないのは違法だし、警官に注意されることもある。筆者はほとんど外出しないように努力しているが、外出時にマスクを着けていないと違法かどうかの前に不安になる。

次が抗体検査のための採血だ。筆者はどうやら血管が腕の奥に入り込んでいるタイプらしく、日本では何度も新米看護師さんに失敗されて痛い思いをした。だが、シティMDの医師は一瞬で血管を発見して針を突き刺した。痛みも感じない。「上手だな」と感心しつつ、暇なので話しかけた。

■医療サービスなのにトヨタ生産方式?

筆者 「この検査代ってどうして無料なの? 代金は誰が払っているの?(市政府だと知っていたが聞いてみた)」

医師 「知らないけど、たぶん政府なんじゃないのかな(笑)」

筆者 「誰でも受けられるなんて驚きました」

医師 「そうよね。今は検査キットがたくさんあるからね。この間はニューヨーク市の別のボロー(自治区)からわざわざ受けに来ている人がいたわよ」

筆者 「え、どうして? ほかのボローにもたくさん検査所はあるのに」

医師 「そう! だから私も不思議だったの。今ではそこらじゅうに検査所があるでしょ? はい、終了。このガーゼを押さえてて、ばんそうこうを貼るから」

また言われるがままにすると、医師は「じゃあ安全にね(Stay safe)!」と言い残し、風のように去って行った。きっと、いくつもの部屋を渡り歩き、なるべく多くの検査を処理しようとしているのだと思った。

さすが民間企業だ。時給が高い医師の時間は「検査」という専門作業だけに費やし、専門スキルの要らない残りの作業は別のスタッフに担当させる。トヨタ生産方式で言うところの「正味作業」を医師がやっているわけだ。間を取り次ぐスタッフは工場で言うと「みずすまし(部品などを運搬する担当者)」といったところか。

キオスクから始まり医師の正味作業まで、シティMDの効率の良い仕組みに「あっぱれ」と言いたくなった。

このちょっとした「感動」は自宅に帰ってからも続いた。

■シティMDのサイトに隠された「真実」

自宅に戻ってから、シティMDのサイトにアクセスしてみた。パソコンで入ろうとしたら、「スマホが便利」と出たのでスマホで入り直してみた。誕生日か電話番号を入力すると、スマホにコードが送られてくる。それを入れれば、自分のアカウントにアクセスできる仕組みだ。そこでアカウントのパスワードを設定した。

パソコンでアクセスし直し、出てきた画面が下だ。ここで診察所に行った記録や診断結果、予約状況などをいつでも確認できる。

これは非常に便利だ。日本の病院に行くと、検査結果をいつも紙で渡されるので管理が面倒だった。「お薬手帳」を持参するのを忘れることが多く(具合が悪いときは大抵、そこまで頭は回らない)、「スマホで管理できたらいいのに」といつも思っていた。シティMDの方法なら、スマホさえ持っていればOK。いつでも情報を確認できる。

そこでふと頭に浮かんだのが、本来であれば政府の仕事であるはずの検査を民間企業が引き受けることで得られる「経営効果」だ。実際にシティMDのサービスを利用してみて、筆者は「また使いたい」と思った。これはシティMDにとっては大きな宣伝効果になる。しかも、政府から代金をもらいながら。

同社にとって最も重要なメリットが「潜在顧客のデータ」を入手できることだろう。名前や住所、電話番号やメールアドレスといった基本情報だけでなく、身長や体重などの身体的な情報から病歴までを入手できるのだ。こんな「おいしい」仕事はない。

■シティMDとトランプ大統領がつながった瞬間

ドナルド・トランプ米大統領が4月27日、新型コロナの検査を全米で一気に拡大すると発表した。その実現に、コンビニエンスストアやウォルマート、ウォルグリーンといった大手ドラッグストアや大手小売りチェーンの協力を得ることを大々的に公表した。

協力する大企業の最高経営責任者(CEO)は軒並み会見に出席し、「大統領に感謝します」と一言添えてからコメントしていた。その姿からは「トランプ大統領の政治的キャンペーンに企業の経営者が利用されている」と感じずにはいられなかった。

ただ一方で、「いいアイデアだな」とも思った。民間企業はすでに利用者のいる場所に販売網を張り巡らせている。より多くの国民に一気にリーチしようとするなら、こんなに良いツールはない。消費者はいつも行っている場所に行き、ついでに検査を受ければいいからだ。

今回の体験を通して実感したのは、民間企業は大統領に利用されているだけかと思いきや、実際には逆にこの機会を最大限に生かしていたということだ。

これまでは店頭で雑貨や食料品を買うだけだった顧客に検査を受けてもらえれば、彼らのより詳しい情報を入手でき、医薬品などの新たな販売につなげられる。もちろんトランプ大統領も参加する企業も、はなから「ウィンウィン」の関係を見込んでいたのだろうが、シティMDのサイトを見たとき、思わず「なるほど!」と声を上げてしまった。こうして記事を書いている間にもさっそくシティMDからスマホに「診察体験のフィードバックをください」とのテキストメッセージが来た。

体験することは本当に大切だ。外出禁止令が解けたら、今まで以上に外へ出ようと決めた瞬間でもあった。

「体験するのは大事!」と自宅でしみじみコーヒーを飲む

「体験するのは大事!」と自宅でしみじみコーヒーを飲む

(日経ビジネスニューヨーク支局長 池松由香)

[日経ビジネス電子版 2020年5月29日の記事を再構成]

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