仕事服、今こそアップデート なりたい自分をイメージ
第4話

新型コロナウイルスに伴う緊急事態宣言が解除され、「新しい生活様式(ニューノーマル)」が始まった。出社する人が増えるとともに、オンライン会議を活用した「新しい仕事様式」も広がっている。「おうちモード」から「出社モード」に切り替わる今、お仕事ファッションもアップデートしてみてはどうだろう。ドラマスタイリストの草分け、西ゆり子さんに「できる女の仕事服」の基本を聞いた第1弾に続き、第2弾として、西さんのスタイリングを参考に新しい仕事服を探ってみた。
今回は西さんにアラサーの働き女子2人とそごう千葉店(千葉市)を歩きながら、アドバイスしてもらった。協力してもらったのはライフネット生命の前田礼さん(34)と、転職したばかりのメディア業界勤務、宝金(ほうきん)奏恵さん(34)。「ワンパターンのファッションで飽きがきた」「シンプルな服装ばかりで面白みがない」と語る2人に、約40年間で150作品を超えるテレビドラマや映画でスタイリングを手掛けてきた西さんは「仕事服も自分次第でもっと楽しくなるはず。似合わない服も色もない」と言い切る。
同時に「大事なのは、将来どういう自分になりたいか、という目標から逆算して、今のファッションを考えること」と説く。ドラマスタイリストの手でどのように変身したのか、ドキュメンタリータッチで報告する。
ビフォーコロナの仕事服の悩み

前田さんは仕事服の「型」を決めている。ジャケットに膝丈のタイトスカート。インナーは白シャツか、冬場ならタートルネックのニットを合わせる。新人時代に化粧をしていなかったことで先輩に注意されたほど「元来、がさつで無頓着」とか。「効率よく、きちんと見える方法」を探り、現在のスタイルに行き着いた。でも最近は「何を着ればいいかと悩む時間は減ったが、つまらない」と感じている。
宝金さんはトレンドを追いかけていた20代を経て、「シンプルが一番」だと悟りにも似た境地にいる。転職前の職場ではカジュアルな格好でも大丈夫だったうえ、新型コロナでのリモートワークで「シンプル+カジュアル」化が一段と加速したという。
そごう千葉店で初顔合わせ
西さんから変身の指南を受ける当日、前田さんは定番の白シャツに黒のタイトスカート、宝金さんは黒地に水玉のブラウスとカーキ色のスカート姿であらわれた。2人とは初対面の西さんは「無難な色や色合わせから脱してみましょう」と語り、「『もしかしたら変』と思える色の組み合わせが、あなたたちにとってのオーラになりうるわよ」とアドバイスする。
宝金さんは「流行の色の服を着たら、全身がチグハグになってしまった」と過去の失敗談を吐露。「ちょっとしたルールを知れば、大丈夫」。そう諭す西さんに、モデルの2人は半信半疑な様子だ。「そんなこと、私にできるのかな」。いざ、店内へ。
まずは、テンション上げる1点を投入
まずは20代から30代向けのブランドが集まった2階に。そごう・西武のバイヤーが選んだ商品が並ぶ「キートゥースタイル」コーナーに向かった。
「テンションが上がる服を選んでみて」と西さん。あらら。てっきり2人に似合う服を選んでコーディネートすると思っていたのだが……。その理由について西さんは「毎日、何か1つでもいいから、自分自身がテンションの上がる物を身につけてほしいから」と語る。「自分の気分がよくないと、仕事のテンションも上がらないからね」

売り場に目を転じると、並んでいる商品はTシャツひとつとっても、英エリザベス女王の顔がデコられているなど、「一点物が多く、他の人とはかぶらない個性的な商品」(そごう千葉店)ばかりだ。シンプル派の2人は「これまで目を向けなかった洋服ばかり」と戸惑いながらも、「これ、かわいい!」と宝金さんが紺地に小さなリボンが前身ごろいっぱいについたニットをチョイス。前田さんはヒダの部分が朱赤のベージュ地のプリーツスカートを手に取った。
紺とベージュ。ベーシックな色味だが、西さんは「リボンがあしらわれていたり、鮮やかな色が入っていたりすることで、『個性』が加わります」。逆に個性がないシンプルすぎる装いだと「仕事も人生もつまらなくなってしまうわよ」と忠告する。
ここで西さんから最初のルールが提示された。「個性は1カ所だけ」。前田さんの場合ならスカートのデザイン性が高いので、上半身はシンプルにするのがポイントだという。
西さんマジックで、変身!
前田さんと宝金さんがそれぞれに選んだ服を、いよいよ西さんがコーディネートする番だ。3人は少し年齢が上の層をターゲットにしたオリジナル売り場「モードプラス」にも立ち寄り、吟味した。
「これ、似合いますか」(宝金さん)「白いパンツは無難すぎてダメよ」(西さん)。取っかえ引っかえ洋服を合わせながら、西さんが時折ダメ出しをする。よりおしゃれ度が高くなっていく組み合わせを鏡越しに見ながら、最初は不安そうだった2人の声の調子や表情が明るくなっていくのが、はっきりとわかった。「スタイリングが上手になるためのコツは、スタイリングを楽しむこと」と語る西さん。「2人には十分に、その素質がある!」と背中を押した。
【前田さんのコーデ】


個性的なスカートに合わせたのは、シンプルだが大きなシルエットの白のシャツ。「個性的なものは1点だけ」というルールに加え、スカートに長さがある分、上半身はゆったりとさせてバランスをとった。金融関係という「お堅い」業界だけにジャケットを着ることも多い。そのときのコーディネートとして、メンズっぽいライダース風のジャケットを選び、インナーは花柄のブラウスを合わせた。
バッグは前田さんが「スカートのポイントになっている朱赤にあわせたほうがいいですか」と聞くと、西さんは「ポイントは1カ所で大丈夫。狙いすぎている感じになる」と薦めず、ジャケットの色と同じ黒にした。
【宝金さんのコーデ】
紺色のリボン付きニットに合わせたのは、ラベンダー色のプリーツのロングスカート。「この色ですか」と驚く宝金さんだが、はいてみると女っぷりが上がった印象だ。西さんによると、ラベンダーは「大人のピンク」として使える色で、「紺色にも合い、ニットのリボンの中にもピンク色が入っているので統一感もでる」。

バッグは全体を引き締める効果が期待できるとして、前田さんとは逆に赤を選んだ。ただ「サイズが大きいと幼稚にみえるので、小ぶりなサイズにするように」とアドバイスする。足元はスニーカー。最近、オフィスファッションでも定番になりつつあり、抵抗なく取り入れることができそうだ。
「新しい仕事服様式」 ここに注意
西さんはドラマや映画での登場人物をスタイリングするとき、「その人物の職業やキャラクター、置かれている環境とともに、今後どのような人生を歩き、どのような人間になっていくのかという未来像を考えている」と話す。西さんには、前田さんと宝金さんが考える「10年後」をあらかじめ伝えている。
前田さんは「周囲から変わっていると言われる子どもでも、居場所が持てるような場作りに貢献したい」との夢を持つ。宝金さんは「子どもや若い世代の成長の一助となるような発信ができるよう、地位にこだわらず、ずっと働き続けたい」と思っている。
これも踏まえ、西さんはどのような点を意識したのだろうか。
【前田さんのポイント】
「ファッションの自由度を探ることに少し疲れて、無難な型にはまっていると感じました。ただ、未来像を聞くに、周囲の目ではなく自分自身の価値観をしっかりと持つことを大事にしています。ファッションでも、自分の価値観を大切にしていくことを心がけてほしい。誰がなんと言おうと『私はこれが着たい』という、自分の心の声に正直になってほしいのです。今回、朱赤の入ったスカートを選んだように。自分がワクワクする服を着るという意識を続けていれば、それが自分の生き方や考え方を発信するツールになっていくでしょう」
【宝金さんのポイント】

「『これは私には似合わない・似合う』と、自己規制が強いように思いました。ただ、自分の評価に閉じこもっていては、それ以上は進めません。宝金さんの将来像からは『いつまでも自分らしくいたい』というメッセージが伝わってきます。ただ、宝金さんが思う自分らしさと、他人が思う宝金さんらしさは違うかもしれません。殻を破って、自分らしさを探すことに挑戦してほしいと思い、絶対に選ばないだろうスカートを合わせてみました。友人と一緒に洋服を買いに行き、他人の意見を聞いてみるのもいいかもしれません」
"変身"取材を終えて
前田さんと宝金さんが、変身するビフォーアフターで、別人のように生き生きしていることが、写真からでも伝わってくる。「久しぶりに、洋服を買いたくなった」「予定調和的な制服化した自分がつまらなく感じた」「食事会のときはきれいな色の服を着ようと思う」。コーディネート後の2人の高揚した会話を聞き、「テンションが上がる服」が持つパワーに圧倒された。西さんが持論としているスタイリングに対する考えは、まさにビフォーコロナから進化するための「新しい仕事服様式」といえるだろう。10年後の2人の姿が楽しみだ。
○自分のテンションが上がるものを毎日1つ取り入れる。
○シンプルすぎるファッションは、人生をつまらなくさせると心得る。
○日々の暮らしだけを見ていると、「着る」というルーティンが苦痛になると知る。
○長期的に「なりたい自分」をイメージし、ファッションはその自分に近づくための「表現の場」ととらえる。
○「この服を選んだ理由は、こんな考えから」と自分で言葉にしながら服を選んでみる。
○スタイリングを楽しむ!
1950年生まれ。『MISS』『non-no』などの雑誌や広告のスタイリングを手がけた後、『11PM』『なるほど!ザ・ワールド』を皮切りにテレビの分野に活動を広げ、テレビ番組におけるスタイリストの草分け的存在となる。ドラマやCM、映画での洞察力あふれるスタイリングは高い評価を得ており、指名する女優も多い。これまで手掛けた作品は「のだめカンタービレ」「セカンドバージン」「家売るオンナの逆襲」「時効警察はじめました」など。
(編集委員 木村恭子)
(取材協力)そごう千葉店、「キートゥースタイル」「モードプラス」「ミハマ」「ビジンネス バイ サザビー」。ピアスは持ち込み。ピアスを除く写真掲載の商品は同店(043-245-2111)にお問い合わせください。すでに売り切れの場合もあります。ピアスはメスモ(055-269-5426)まで。
(取材は3月実施)
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