オペラや演劇 裾野広く 滋賀・兵庫、文化環境づくりに力
文化の風 神戸大学 藤野一夫教授 寄稿

2020/5/29 2:01
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びわ湖ホールが無料配信したオペラ「神々の黄昏」は視聴者数が数万人に達した=びわ湖ホール提供

びわ湖ホールが無料配信したオペラ「神々の黄昏」は視聴者数が数万人に達した=びわ湖ホール提供

 関西では、府県ごとに文化行政にかける予算の多寡の差が激しい。滋賀県や兵庫県が大規模なオペラ公演や地域に根付いた文化環境づくりに励む一方で、大阪府では府民1人あたりの文化事業費は関西で最低だ。滋賀県や兵庫県の取り組みについて、神戸大学の藤野一夫教授が紹介する。

無料配信に反響

3月7日と8日、ワーグナー「ニーベルングの指環(ゆびわ)」の完結編「神々の黄昏(たそがれ)」が無観客上演され、無料ライブ配信の視聴者数万人をくぎ付けにした。オペラ史上最も長大で難解とされる作品が、オペラ初体験の若年層の心をもとらえた。緊急に配信が決まったため字幕もない簡素な固定映像。しかし、びわ湖ホールを支持する全国の評論家や研究者がSNSで訳詞や解説を同時発信し、初心者の理解を助けた。自発的に生じた多様な愛好家のコミュニティに、芸術が開く公共性の夢を見た。

関係者の間でも感染リスクがある中、無観客上演に踏み切った山中隆館長の背中には、アーティストとスタッフ総勢300人の真摯な情熱があった。日本で「指環」4部作を自主制作できる公立劇場は他にない。その頂上を目前にしての撤退は、公演を熱望するファンのみならず、白熱するチームのためにもできない。辞表を覚悟の決断だった。

ライブ配信のブレークには不安もあった。1億6千万円の制作費が公表され、「びわ湖ホール3月事件」のトラウマが脳裏をよぎった。2008年3月の滋賀県議会で莫大なオペラ制作費が追及され、「福祉か文化か」の政争に翻弄されたからだ。その後、びわ湖ホールは地域に密着した音楽祭や、県内の小学生全員が鑑賞できる「ホールの子」事業などを定着させ、舞台芸術の裾野を大きく広げてきた。同時に、ワーグナーの楽劇などを世界水準で自主制作。その理解と普及のためにレクチャーやワークショップをシリーズ化した。「神々の黄昏」で生まれた共同性は、こうして形成された「議論する観客」が劇場の公共性を支えるまでに成熟した証となった。今回、制作費を税金の無駄遣いと批判する声は聞こえなかった。

大阪府と滋賀県と兵庫県の文化予算を比較し、関西圏における文化格差を深く憂慮している。文化施設の経費や建設費を含まない1人あたりの文化事業費(17年度)では、滋賀県が568円で東京都の403円をしのぐ。兵庫県の246円に対して大阪府はわずか88円だ。この格差を重く見た関西経済同友会は16年、「脱・80円文化政策に向けて」という緊急アピールを出した。これまで民間の力にばかり頼ってきたが、それも限界に来ている。ドイツ、フランスの文化予算とは2桁ほども違う。

県立大学を来春に

びわ湖ホールに先立ち、兵庫県立芸術文化センターでは、県内の中学生全員に生のオーケストラを体験させてきた。兵庫県は演劇にも力を入れる。尼崎にはプロの劇団を抱えるピッコロシアターがある。来年の春には豊岡に、日本で初めて演劇を本格的に学べる県立大学が開学する。学長候補の平田オリザ氏と、その劇団のメンバーたちは続々と東京から豊岡に移住してきている。多様なアートに触れて感性を磨き、芸術や文学を通して自分の内面を豊かに耕すことのできる子どもたち。その環境がある地域とない地域に、関西は分断されるだろう。

日本の未来は、異文化への想像力を育み、自分とは異なる立場から、多様なものを柔軟に考えることのできる寛容な精神にかかっている。ポスト・コロナ時代における芸術文化と公共文化政策の役割は、これまで以上に大きい。関西圏の文化的資本の形成と蓄積を広域のコモンズとして共有できる仕組みを、わたしたちは考え抜かなければならない。

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