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危機で光った 田嶋会長と村井チェアマンの指導力

サッカージャーナリスト 大住良之

残されていた首都圏と北海道の「緊急事態宣言」解除が発表された5月25日、日本野球機構(NPB)は6月19日のシーズン開幕を発表した。

オンラインで記者会見するJリーグの村井満チェアマン=共同

だが同じ日、Jリーグの村井満チェアマンは「明るい兆しが見えてきたことを嬉(うれ)しく思う一方、決して気を緩めることなく、国民の皆さまの健康を第一にした安全な再開に向けて、より一層努めていく所存です」という非常に慎重なコメントを発表した。「ぜひ皆さまも、『SAVE HOME』大切なご家族やホームタウンを守るため、引き続き充(じゅう)分な感染予防を心掛けていただければ幸いです」と結ばれたコメントは、「さあ、開幕」と喜びに包まれたプロ野球とは対照的に、沈鬱(ちんうつ)な雰囲気さえ感じさせた。

コロナ禍への反応は日本スポーツ界最速

「本当に大変なのは、これから」―。私は、そこに村井チェアマンの見事なリーダーシップを見た思いがした。

今回の新型コロナウイルス禍に最も感度よく反応したのはJリーグではなかったか。世間がようやく国内での感染者増加に気づき、「クラスター」という言葉がメディアに出るようになったばかりの2月下旬、2月24日に開かれた政府の「感染症対策専門家会議」の「これから1~2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際となる」という見解を受け、Jリーグは翌日に3月中旬までの公式戦の延期を決断した。

感染が広がりつつあった欧州では「無観客試合」が行われるなか、村井チェアマンは「プロのスポーツ団体はファン・サポーターに支えられて運営している。単純に勝った負けたの試合結果を競い合うものではなく、ファン・サポーターにそれを届けるために存在している。無観客の試合は最後の最後まで手段として取るべきではない」と語った。

5月中旬、ドイツリーグは無観客でリーグ再開。得点後の歓喜も「ソーシャルディスタンス」を意識=ロイター

Jリーグのクラブで、そしてスタジアムで感染者を出してはならない―。以後のJリーグの決断はすばやく、そして徹底していた。

3月2日にはNPBと連携して「対策連絡会議」を組織、12日には3月いっぱいの中断を発表、25日にはゴールデンウイークまでの中断を、そして首都圏などに5月6日までの緊急事態宣言が出た翌日の4月8日には5月下旬まで、さらに4月30日には5月いっぱいまで中断を延ばし、以後は未定とした。その結果、J1はすでに3カ月間もストップしたままだ。

地域のサッカー文化を守る

その一方で、困窮が予想されるクラブを対象に融資の特例措置を設けるなどいち早く救済策を示し、5月中旬には専門家のアドバイスを受けて「再開」に向けたガイドラインを示した。(1)予防や発症時の対処、(2)情報公開方法、(3)トレーニング再開から試合までの注意事項、(4)移動、宿泊の留意点、(5)無観客での試合開催のプロトコル(手順規定)、(6)制限付きの試合開催のプロトコルと、まさに微に入り細にわたっている。

これまで、Jリーグの組織力は、各部の業務がクローズアップされることはあっても、全体としてはあまり表に出なかった。だが今回は、新型コロナウイルスの脅威下で全56クラブをそれぞれのホームタウンでどう存続させ、そこに関わる人びとの生活を守るとともに、それぞれの地域でのJリーグという文化を守るという一点に、まさに組織一体となって取り組んできた。おそらく、2月27日に「テレワーク」になってからの3カ月間、Jリーグのスタッフはこれまでになく知恵を絞ることを求められ、Jリーグは体中の細胞が一挙に活性化したようにフル稼働してきたに違いない。そしてそれをひとつの方向に向けてけん引したのが村井チェアマンだった。

J1で最初に全体練習を再開した鳥栖。2019年度決算で20億円超の赤字を出したところにコロナ禍が直撃している=共同

「サッカーの文化を守って日本人の幸福に寄与する」という理念は、日本サッカー協会も同じだ。

互いに顔見知りの56クラブを束ねるJリーグとは違う日本協会の難しさは、日本全国約3万チーム、選手・指導者・審判・役員の登録数約130万人、47の都道府県協会と9の地域協会という膨大な人数や組織を相手にしなければならないことだ。

しかしJリーグと同時に「テレワーク」にはいった日本サッカー協会も、そのスタッフは3カ月間フル稼働してきた。Jリーグと同様、各分野のプロフェッショナルたちが結束して「対コロナ」の戦いを繰り広げてきた。

まず日本代表の試合を含めたいくつもの大会や事業をすべて中止あるいは延期にし、「STAY HOME」となって練習や試合から切り離された選手たちに連日動画を含めたメッセージを流し、第100回の記念大会となる天皇杯全日本選手権の大会方式も大幅に変えた。

新型コロナ感染経験を生かした田嶋会長

そうしたなか、欧州やアメリカでの業務を終えて3月8日に帰国した田嶋幸三会長が感染していること17日にがわかり、入院するという非常事態にも見舞われた。

日本サッカー協会は田嶋会長が先頭に立ち、町のクラブやスクールを支援する融資制度を開始した=共同

田嶋会長は無事退院したが、その間に医療関係者に対して偏見や差別が生まれている事実を知る。その経験が、サッカー界全体への配慮、「サッカーファミリーを守る」という姿勢につながったのかもしれない。以後、日本協会は、登録費の免除とともに全国でサッカー界の「明日」を担う少年少女の指導に当たっているクラブに融資するなどの方策を矢継ぎ早に打ち出した。「借金をしてでも(クラブやリーグなどを)守り抜く」(田嶋会長)という姿勢は、サッカー界全体に大きな勇気を与えたはずだ。

期せずして、5月11日の日本経済新聞に田嶋会長の、そして4日後の15日には朝日新聞に村井チェアマンのインタビュー記事が掲載された。そのなかで、「コロナ後もスポーツは重要であり続けると信じる」(田嶋会長)、「スポーツの可能性を強烈に信じ」(村井チェアマン)と、ふたりは異口同音に日本協会やJリーグの仕事が日本人の幸福と社会の発展に貢献するものという信念を語っている。

平時には、強いリーダーは必要ない。困難な時期こそ、明確な理想像を見失うことなく現実と真っ向から向き合う本物のリーダーが必要になる。「100年に一度」と言っていい危機のなかで、田嶋会長と村井チェアマンという強力な「リーダーシップの両輪」をもっていたことは、私たち日本サッカー界の幸運だった。

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