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地域で守る野球の根っこ 高校生に一試合でも多く
編集委員 篠山正幸

2020/5/26 3:00
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春の選抜、夏の選手権と、甲子園の高校野球が日本の風物詩となった背景にあるのが、郷土愛だ。全国大会が失われた今、大事なのは各地の事情に応じ、試合ができるなら一試合でも多く実施し、地域に根付いた野球文化を守り、明日につなげることではないか。

全国高校野球選手権大会の中止について、オンラインで記者会見する日本高野連の八田英二会長(20日)=代表撮影

全国高校野球選手権大会の中止について、オンラインで記者会見する日本高野連の八田英二会長(20日)=代表撮影

戦前の中等野球の時代、香川・高松商の投手・内野手として1925、27年に全国優勝をなし遂げた水原茂さんの自伝に、こんな一節がある。

「高松が松山に遠征すると、泊まっている宿屋のまわりを一晩中鐘太鼓を鳴らして騒ぎ回り睡眠妨害にでる事もあった。そのためある年など、高松ナインは船を借りきって海の上で一夜を明かし球場にのりこんだ事もある」(水原茂著「華麗なる波乱」)

松山商を中心とする愛媛勢と、高松商、高松中(現高松高)などを擁する香川勢の激しいつばぜり合いの様子がうかがえる。夏の全国選手権が始まったのが15年、選抜大会が始まったのが24年。水原さんが活躍した大正末、昭和の初めには早くも、近県同士のライバル心が燃え盛っていた。

水原さんの自伝には、高松商が他校と対戦しているときにも、球場に乗り込んできた松山の人々に、ヤジを飛ばされた、とある。高松商を強敵と認めればこその、側面支援だったのだろう。夏の大会が「一県一校」となるはるか昔のことでもあり、その争いはし烈だった。もちろん、必死だったのは愛媛勢だけでなく、香川勢もヤジ合戦で一方的にやられてばかりではなかったはずだ。

高校野球の盛り上がりで命脈を保つ

野球の何がここまで、人々を熱狂させたのか。大会の運営に関わる新聞社が熱心に報道したことも大きいが、それだけではとても説明がつかない。とにもかくにも、その熱は高まりさえすれ、冷めることはなく、今日に至った。

少子化におびやかされながらも、プロからジュニア世代に至るまで、野球界が命脈を保てているのは地域に根をおろした高校野球の盛り上がりがあってこそ、ともいえるだろう。今、その根っこを守り抜かなくてはならない。そのためにはまず、各校、一試合ずつでもいいから、試合ができる可能性を、各都道府県の高校野球連盟にはぎりぎりまで探ってほしい。負けることの味すら知らずに、高校生活が終わるとすれば、これほどの悲劇はない。

地域ごとに練習環境に差があるだろうし、新型コロナウイルスによる制約が厳しい首都圏では各校一試合すら、難しいかもしれない。場所によって差が出る、つまり球児の救済に差が生じる恐れがあるのが、つらいところ。しかし、野球ができる場所があるのに一斉自粛とすべきかどうか。そこは考えどころで、だからこそ、今後の対応は各都道府県に一任する、という結論になったのだろう。

新型コロナの影響は、今年限りではないかもしれない。先々のことを考えると、一試合でもできる可能性を求めて、各地ごとに模索することは無駄にはならない。

あまりに楽観的過ぎるかもしれないが、状況が許すのなら、各県の代表を集めた東北大会、四国大会といったブロック大会を開くことも、ありではないだろうか。

今年の高校野球春季地方大会は沖縄県だけで開催されたが、それも途中で打ち切りとなった=共同

今年の高校野球春季地方大会は沖縄県だけで開催されたが、それも途中で打ち切りとなった=共同

コロナ禍は一極集中の社会構造の弱さをあばき、「地方の時代」の進展を促している。そうしたなか、野球だけでなく、スポーツ全般、さらには文化系の分野を含めて、地方ごとに活路を探り、その熱を保つことは重要なチャレンジとなるはずだ。

ここで軍隊用語を使うのは適当ではないかもしれないけれど、今は「散開作戦」に徹するときのようだ。「散開」とは相手の猛攻撃が予想される状況で、固まらずに、散らばって行動することによって、相手の攻撃を全員が一度に受けることを避ける戦法だ。

新型コロナウイルス対策で採用されている外出自粛策やソーシャル・ディスタンスも、一種の散開作戦といえる。野球界も、今は地方ごとに城を築き、「根っこ」を守るべきときかもしれない。

「タテ」の連携で世代越えた交流も

地域ごとに、世代を越えた交流の場を設けるのもその一手になる。都道府県単位、あるいはもっと小さな単位になるかもしれないが、社会人、クラブチーム、独立リーグ、大学、高校、さらに中学・少年野球と、それぞれの地域で「タテ」の連携を密にし、野球教室を開催することも考えたい。

技術の伝授もさることながら、一番の眼目は感情の共有にある。世代を越えた交流から、困難に立ち向かう気力が出てくるかもしれないし「つらいのはみんな一緒なんだ」ということを肌身で感じるだけでも、少しは救われるのではないか。

地域の一員であるのはプロ野球も同じ。今は自分たちのことで手いっぱいだろうし、プロアマの垣根はあるが、日本の野球の豊穣(ほうじょう)の源である地方の野球熱を保つことに、今まで以上に関心をよせてほしい。

根さえ枯れなければ、いつか葉が茂り、花も咲く。それは野球に限ったことではない。地域に根ざしたものを守れるかどうかが10年後、100年後のスポーツや文化の形を決めるだろう。

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