勝利のメンタリティー(山本昌邦)

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危機を乗り越え、100年クラブへ 次世代に種を

2020/5/24 3:00
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世界を疲弊させている新型コロナという未知のウイルスは、1918~20年にかけて猛威をふるったスペイン風邪以来の脅威だとよくいわれる。100年に一度の大きな時代の変わり目に、スポーツ界もやがて来る「ウィズコロナ、ポストコロナ」の時代を生き抜くすべを今から真剣に考えなければならないのだろう。

J1で最初に全体練習を再開した鳥栖では、金明輝監督がマスク姿で見守った=共同

J1で最初に全体練習を再開した鳥栖では、金明輝監督がマスク姿で見守った=共同

行動を著しく制限されて自宅に籠もる日々に、宇宙ステーションで暮らす宇宙飛行士もこんな感じだろうかと想像したりする。彼らは特別な訓練を受けているから半年でも1年でもそんな空間で過ごせるのだろうが、私のような凡人は不自由さによって人間性がじわじわとむしばまれる感じがある。

一方、貧富に関係なく襲ってくるウイルスを前に、自分にとって真に必要なものを見極める経験をさせられているような感じもある。

生活の拠点にしても、何もかも過密な東京という都会の真ん中で暮らす必要があるのだろうか? リモートワークをうまく使えるなら、人口と医療施設のバランスが取れていて簡単には医療崩壊に陥らないような場所で暮らした方がいいのではないか? そんなことが頭をかすめたりする。

それはさておいて、私が今、心配していることの一つに、サッカー選手が育つ入り口にあたる町のクラブやスクールの経営がコロナ禍に直撃され、非常に追い詰められていることがある。現場を預かる人々の心が折れかかっていることである。ピラミッド型のサッカー人口の底辺を支える町のクラブやスクールがつぶれ、子供のサッカー離れが起きたりしたら、取り返しのつかない事態になりかねないからだ。

■町のクラブやスクール、経営危機は深刻

そういう町のクラブ、スクールのほとんどは練習に通う子供たちの会費で経営を成り立たせている。それを元手に練習場を造ったり借りたりし、有給のコーチやバイトの学生コーチを雇ったりしている。新型コロナはそういうサイクルに壊滅的な打撃を与えた。

町のクラブやスクールはリモートで練習を行い、その分、月謝を半額にするなどの工夫をしているが、それくらいでは固定費を賄いきれない。ある町クラブの代表者は電話が鳴る度に、会員の親御さんからの休会や退会の届け出かと思い、心臓が止まりそうになると語る。

そんな窮状を救うべく、日本サッカー協会(JFA)は田嶋幸三会長が先頭に立ち、危機にひんした町のクラブ、スクールを救済する融資制度(最大500万円)を5月14日にスタートさせた。応募は特設サイト「JFAサッカーファミリー支援窓口」を通じて行える。

日本サッカー協会は田嶋会長が先頭に立ち、町のクラブやスクールを支援する融資制度を開始した=共同

日本サッカー協会は田嶋会長が先頭に立ち、町のクラブやスクールを支援する融資制度を開始した=共同

町のクラブやスクールの中には既に政府支援の持続化給付金、雇用調整助成金などに申し込んだけれど、それでも足りないというところがある。それだけにJFAの迅速な対応は干天の慈雨になりうるだろう。

田嶋会長は融資制度の狙いについて「コロナに打ち勝っても、活動が再開されたときに子供たちに戻る場所がなかったら大変なことになる」と話す。

グラスルーツを守ること、つまり子供たちを守ることは未来を守ることとイコールである。田嶋会長の発言はそういう認識があってのことだろう。町のクラブ、スクールを守ることは10年後、20年後の日本サッカーの未来を守ることにつながる。新型コロナのせいで世界で活躍できる可能性のあった子供が、サッカーを諦めるなんてことがあっては絶対にならない。そんな気持ちが伝わってくる。

Jリーグは「スポーツで、もっと、幸せな国へ」を合言葉にした百年構想を掲げる。百年という長いスパンで全国津々浦々にJクラブを広げ、地域に根づき、地域の人々に愛され、心をつなぐ拠点になろうという志を表したものだ。世界に冠たるマンチェスター・ユナイテッドやFCバルセロナも足場は地元に置いている。そういうクラブは新型コロナのような危機に直面しても絶対に倒れない。むしろ、危機が深まれば深まるほど、クラブを支える力は増していく。

世界的クラブのマンチェスター・ユナイテッドは地域に根づき、地域の人々に愛されている=ロイター

世界的クラブのマンチェスター・ユナイテッドは地域に根づき、地域の人々に愛されている=ロイター

日本には創業から100年を超す中小企業がおよそ2万から3万社あり、日本の中小企業全体の中で1%にも満たないと聞いたことがある。そういう企業がどうやってノウハウを伝承し、今に命をつなげてきたのかは非常に興味深い。私には、そういう100年企業が百年構想を掲げるJクラブのお手本のように感じられる。Jクラブには100年クラブに成長してほしいし、今は50人の町クラブが50万人の会員を抱えるクラブに育ってほしいと願っている。新型コロナに揺さぶられる今はその分岐点のような気がするのである。

生命を脅かす未知のウイルス、世界的な気候変動、大地震や大型台風のような天変地異……。これから生き難い時代が我々の行く手に待ち構えている予感がある。そんな状況で明るい希望を持つには、「今」ではなく、次の世代の利益になるようなことを打ち出すのが大事なのではないだろうか。

米国の心理学者のアブラハム・マズローは人間の欲求を下から生理的欲求、安全欲求、所属と愛情欲求、承認欲求、自己実現の欲求と5段階に分けたことで知られるが、実はさらにもう一つ上に自己超越の欲求があると考えていたと聞く。自己超越というと何のことだかよく分からないが、私はシンプルに自分たちの後に続く孫世代に素晴らしい未来を用意することだと理解している。そのための種を、こんな状況でも、せっせとまくことが、我々の世代の務めだという気がしている。

(サッカー解説者)

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