「新常態」探る企業 入退店を記録/工場は接触減優先

新型コロナウイルスの感染拡大防止のための緊急事態宣言の解除が日本で進む。欧米ではすでに一部で経済再開が始まっている。世界は出口に向けて動きつつあるが、感染対策は続き、社会がすぐにコロナ以前の姿に戻るかは見通しにくい。オフィスや工場、小売りサービスの現場など、企業も「ニューノーマル(新常態)」に対応する知恵が求められている。
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段階的に経済活動を再開しているタイの首都バンコクでは17日、大型商業施設「セントラル・ワールド」が約2カ月ぶりにオープンした。入り口で係員が手にするQRコードをスマホのカメラで読み取ると「チェックイン」の文字と、電話番号を登録する画面が表示される。タイ政府が主導する「タイ・チャナ(タイは勝つ)」と名付けたアプリだ。
入店時だけでなく、店を出るときにもQRコードを読み込み、客の滞在時間を記録する。ショッピングモールの中の一部テナントでも個別に入店時間を記録するなど、買い物客の動きを細かく追える仕組みを整え、店内で感染者が出た場合の経路や接触者の把握に役立てる。
個人監視の懸念もある入退店の記録だが、コロナ危機を経て人々の意識は変わった。21日時点でタイの約8万1千店舗がすでに同アプリに登録し、客もシステムを受け入れている。
コロナ問題をきっかけに世界の多様な産業が変化を迫られている。独フォルクスワーゲン(VW)の欧州最大拠点のウォルフスブルク工場では、4月末の再開にあわせ作業者間の距離を1.5メートル以上確保できるよう自動車を流す間隔など生産ラインの配置を変更した。これまで人やモノの移動が最短で済むように配置していた通路も、接触を減らすことを優先しわざと遠回りになるように引き直した。朝礼などの際にそれぞれの従業員の立つ位置もマーキングして指定する。

米カジュアル衣料大手のギャップは5月末までに、全米の3割に当たる800店で営業を再開する。近距離での対面接客を禁止し、トイレや試着室も閉鎖する。返品された商品は24時間以上たってから売り場に戻す。ソニア・シンガル最高経営責任者(CEO)は「数カ月は安全を最優先した営業になる」と話す。
新常態の取り組みは経済成長とは裏表の面もある。米ブルッキングス研究所のルイーズ・シェイナー上席研究員は、従業員間の距離の確保や飲食店内に多くの人を入れないような密集回避の措置は長期で続くと分析。「企業の生産性低下が国内総生産(GDP)の引き下げ要因になり経済回復を遅らせる」と指摘する。
中国南部の広東省深圳市にあるレストランでは配膳作業をロボットがこなす。料理を運んできたロボットの胴体から客が自分で料理を取り出し、「戻る」ボタンを押すと、自動で厨房に戻る仕組みだ。人との接触を減らす狙いだが、他の産業も含めて機械化が進めば雇用にも影響が出かねない。
それでも企業が厳格な対応をとるのは、いまや感染対策が最大の経営課題だからだ。
米国の場合、疾病対策センター(CDC)ガイドラインがマスク使用の奨励や従業員の体温を毎日確認することなどを定め、州が執行ルールをもうける仕組みをとっている。雇用主は従業員の感染対策に責任を負う形となり、4月には人の隔離対策をとらなかったなどとして、コロナ感染で死亡した従業員の遺族が小売り最大手ウォルマートを過失などを理由に訴えた。ドイツや中国も政府が企業向けの対策指針を定めている。
新常態は新たな市場を生む可能性もある。米不動産サービス大手のクッシュマン・アンド・ウェイクフィールドは「6フィート(約1.8メートル)・オフィス」と呼ぶ新概念のオフィスの提案を始めた。机の周囲6フィートを囲む円形のマークを床にあしらい、従業員が視覚的に距離を保てるようにする。廊下も一方通行で人同士の接触を防ぐ。グーグルのエリック・シュミット元CEOは米メディアに対し「(感染拡大を防ぐための)距離確保のため、これまでよりも広いオフィスが必要になる」と明言する。
日本でも企業の再開準備が本格化する。コロナにまつわる従業員や顧客のリスクを抑えつつ、事業を正常な姿に戻せるか。収束後の競争で優位に立てるかは、足元の変化に適応にできるかにかかっている。
(バンコク=岸本まりみ、ニューヨーク=中山修志、フランクフルト=深尾幸生)

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