コロナ後のシリコンバレー(The Economist)

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2020/5/19 0:00
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誰かを解雇するのはどんな状況でもつらい。だが、それをビデオ会議で告げるのは酷だ。「解雇を伝えるのに、(相手が)在宅で背後に子供がいる環境はベストではない」。企業に手数料の安い送金サービスを提供するサンフランシスコのスタートアップ、ビームを経営するマルワン・フォーズリー氏はこう漏らす。同社は最近、従業員30人の削減を余儀なくされた。

新型コロナで在宅勤務が浸透してきたこともあり、もはやシリコンバレーのオフィスにこだわる必要がないという考え方が広がりつつあるという=ロイター

新型コロナで在宅勤務が浸透してきたこともあり、もはやシリコンバレーのオフィスにこだわる必要がないという考え方が広がりつつあるという=ロイター

フォーズリー氏の例は、シリコンバレーの今を物語っている。米国の大手テック各社は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)で勝者になるかもしれない。各地のロックダウン(都市封鎖)により、テック各社が提供するオンラインサービスへの個人や法人の需要は急増している。だがテック企業の中心地シリコンバレーにある多くのスタートアップは苦境に直面している。レイオフ(一時解雇・帰休)や企業が破綻したというニュースを耳にしない日はほぼない。こんな厳しい状況にあっても、ベンチャーキャピタル(VC)や起業家は自分たちが最も得意とする仕事を着々と進めている。自分たちなりに将来を見据え、手を打っているのだ。

■シリコンバレーでも猛スピードで進む解雇

カリフォルニア州にあるテック企業とその投資家は、新型コロナの脅威を米国でいち早く深刻に受け止めた人々だ。ベンチャーキャピタリストの中には2月初めには握手を拒み始めた人たちがいた(当時、そうした対応はばかにされた)。彼らのパンデミックへの対応は素早く、自分たちの投資先企業の「トリアージ(優先順位付け)」に既に着手していた。どの企業がパンデミックを生き残れそうかそうでないか、自分たちが何をすべきかを見極めていた。主にこれは人員削減を意味した。「衝撃的なのは、あらゆることがいかに速く進んだかだ」。こう話すのは、配管工から犬をしつけるドッグトレーナーまで地元の様々なプロと利用者をネット上で結びつけるマーケットプレイス(電子市場)を運営するサムタックの共同創業者で最高経営責任者(CEO)のマルコ・ザッパコスタ氏だ。同社は、従業員900人のうち250人をレイオフした。

シリコンバレーでの解雇数を正確に把握するのは難しい。大企業が人員削減すればニュースになる。最近では民泊仲介大手の米エアビーアンドビーが5日に1900人を、ライドシェア大手の米ウーバーテクノロジーズが6日に3700人を削減する方針を発表した。報道発表の数字を集計してテック業界の人員削減を追跡しているサイト「レイオフス・フォー・ユア・インフォメーション(Layoffs.fyi)」によると、3月中旬以降の削減総数は約1万7600人に上る。だがこの数字には小さなスタートアップによる解雇は含まれていない。シリコンバレーの失業率は、全米平均や2007~09年の金融危機のピークの時よりはまだかなり低いが、じりじり上昇している。一部のVCは、各社の雇用者数は平均15%減り、その雇用減は計12万5000人を上回るとみている。

■資金力あれば競合を買収する好機

それでも、シリコンバレーの人は悪い数字にめげたりしない。VCは、企業価値が下がり新たな資本を必要としている有望企業を探している。米調査会社ピッチブックによると、米国での投資はパンデミック前の25%減にとどまっている。資金のあるスタートアップには今は自社より弱い競合を買収する好機だ。約90億ドル(約9600億円)の手元資金を抱えるウーバーは、ライドシェア事業が縮小する一方で料理宅配サービスが拡大していることから、料理宅配サービスで競合する米グラブハブの買収を検討していることが5月12日、明らかになった。その数日前には、電動スクーターや自転車のレンタルを手掛けるものの苦戦している米スタートアップ、米ライムの約1億7000万ドルに上る資金調達を主導した。こうした買収は今後も増え、ウーバーのような強気な企業がパンデミックに乗じて、市場を独占しようとしているといった批判も増えるだろう。

■VC各社の関心も企業向けサービスにシフト

シリコンバレーの有力VCも新たな機会をつかもうとしている。テック業界の関心の中心は今や顧客への宅配やオンラインでの発券といった日々の生活にかかわるサービスの提供から、ウェブベースの特殊なソフトウエアの開発やデジタルインフラの整備など、コンピューターで提供できる企業向けのサービスに変わりつつある、との見方は少なくない。

VC各社がこの数週間に投じた資金の多くは、様々な企業データを管理する米コンフルーエントへの投資など、最先端技術を扱う企業が対象だ。同社は4月に2億5000万ドルを調達した。遠隔医療やオンライン教育のスタートアップも注目分野だ。新型コロナ危機で苦戦しそうに思えたビームやサムタックなどの企業の業績も上向いている。企業は手数料の安い送金サービスを求めているし、外出自粛を迫られている人々は自宅の改装を計画しており、そのため地元向けのサービスへの需要は高まっている。

■シリコンバレー去るスタートアップ、変わるテック業界

議論はさらに今回の危機でシリコンバレーが今後どう変わり、テック業界をどう変えていくのかにまで及んでいる。既に今起きている傾向はコロナ危機で加速するだろう。米有力VCのクライナー・パーキンスのアドバイザー、ランディ・コミサー氏は、シリコンバレーの分散化が進むとみる。新型コロナ危機の前でさえ、一種の流出は進んでいた。法外な不動産価格に恒常的な交通渋滞、ホームレスの悩ましい増加といった問題を前に、シリコンバレーを去る企業や人は増えていた。

スタートアップ各社はシリコンバレーから拠点を移すか、中核の社員のみサンフランシスコに住んで残りは世界各国で仕事をするなど「完全な分散配置」を進めていた。この危機で在宅勤務が普通になれば、会社のオフィスから離れて働くという動きは加速する公算が大きい。米フェイスブックや米グーグルなどシリコンバレーの大企業は、従業員の在宅勤務を今年末まで続ける。ツイッターは無期限で在宅勤務を認めるという。

もう一つの疑問は、シリコンバレーの"血液"であるVCもバーチャル化や分散化を図るかだ。米Nfxのマネジングパートナー、ピート・フリント氏はVC業界を「時代遅れの古い世界」とみており、今後VC業界に創造的破壊が起きることを期待する向きもある。Nfxが4月に立ち上げたオンラインサービスでは、スタートアップが創業者の経歴や事業計画など投資家の求める情報を入力すると、9日以内に出資してもらえるかの判断が得られる。

■新しい時代の"ガレージ"創業

低コストでかつ気が散る要素の少ない場所に拠点を構えて事業展開を図るスタートアップが増える中、シリコンバレーはもはや唯一無二の場所ではなくなるかもしれない。米フロンティアもシリコンバレーにこだわらない企業の一つだ。同社はカナダのバンクーバーに拠点を移し、在宅で働く人々をつなぐマーケットプレイスを立ち上げた。創業は新型コロナ危機発生の数カ月前で、数週間前に最初の外部による出資を受け入れたばかりだ。エリオット・オコナーCEOと同社の共同創業者らは、エアビーアンドビーで借りた部屋にこもり、食事はドアダッシュなどの料理宅配サービスを利用している。シリコンバレーを代表する多くの企業がガレージで創業したように、自分たちも"ガレージ"で働いているような気分だとオコナー氏はいうが、そこはシリコンバレーではない。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. May 16, 2020 All rights reserved.

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