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代表格はイチローに長嶋 「勝負強さ」の正体は
野球データアナリスト 岡田友輔

2020/5/19 3:00
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「勝負強い打者」と聞いて思い浮かべるのは誰だろうか。2009年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決勝で十回2死から飛び出したイチローの勝ち越し打は日本中を熱狂させた。オールドファンなら天覧試合でサヨナラ弾を放った長嶋茂雄が脳裏に焼き付いているかもしれない。値千金の一打を生む「勝負強さ」について考えてみたい。

2009年3月、WBC決勝の韓国戦で決勝打を放つイチロー=共同

2009年3月、WBC決勝の韓国戦で決勝打を放つイチロー=共同

「勝負強い」とはどのような資質だろうか。すぐに思い浮かぶのは「ここぞのチャンスで打つ」「チームの窮地を救う」「プレッシャーに強い」といったところだろう。これらに共通するのは「重要な場面になると、普段以上の力を発揮する能力」と考えられる。この定義に沿って、勝負強い選手を探してみよう。

このとき、一般的に勝負強さの指標とみられている打点や得点圏打率を使うのは妥当ではない。打点は前に並ぶ打者の出塁能力が大きく影響する。それに10点差のついた終盤に満塁弾を打ったところで、勝負強い打者とは呼べない。そこで役に立つのが、ある打者がチームの「勝利期待値」をどれだけ増減させたかを示す「WPA(Win Probability Added)」と呼ばれる数字だ。簡単にいえば貢献度の指標となる。

WPA、打力のある選手が上位に

勝利期待値とは過去のデータに基づき、特定のイニング、点差、アウトカウント、走者状況が与えられた場合、そのチームが勝つ確率を示したものだ。

例えば2点を追う九回表2死一、二塁という状況から攻撃側のチームが勝つ可能性は約15%しかない。しかしここで逆転3ランが出て1点リードに変わると、勝利期待値は90%超に急増する。つまり、この一発は期待値を80ポイント近く押し上げることになる。一方、凡退すればゲームセットだから勝利期待値はゼロになる。よってこの打席のWPAは、逆転3ランだと0.8弱、凡退だとマイナス0.15ということになる。

なお、WPAは0.5で1勝分の貢献と考えられる。チームの試合開始時の勝利期待値は0.5であり、WPA0.5はこれを1に引き上げるからだ。

シーズンを通したWPAは巡ってくる場面の偏りの影響を受けるが、基本的に打力のある選手が上位にくる。しかし勝負強さの定義とは、ある打者が「重要な場面で普段以上の力を発揮すること」だった。主軸であれば、大事な場面でいつも以上に打って初めて「勝負強い」ということになる。いいかえれば人並みには打っていても、本来の打力に照らして物足りなければ、勝負強いとはいえないことになる。

重要な局面で通常以上に良い働きをしたかどうかを測るのが、WPAに状況の重要性などを加味して算出する「クラッチ(勝負強さ)指数」という物差しだ。どの局面でも同じような結果であればゼロ、重要な場面でより良い働きをすればプラスになる。他の選手とではなく、同じ選手の中で比較するというのがポイントだ。

16年の日本シリーズ第5戦、サヨナラ満塁本塁打を放ちガッツポーズする日本ハム・西川

16年の日本シリーズ第5戦、サヨナラ満塁本塁打を放ちガッツポーズする日本ハム・西川

19年シーズンをみてみよう。12球団の規定打席到達者で最高だったのは西川遥輝(日本ハム)の1.38だった。クラッチ指数は大多数の選手がマイナス1~プラス1の幅に収まるので、西川の「勝負強さ」は際立っていた。

反対に、クラッチ指数のマイナスが目立ったのはセ・リーグ2冠を獲得したネフタリ・ソト(DeNA、マイナス2.06)、西武優勝のキーマンとなった外崎修汰(西武、マイナス2.05)ら。少々意外な顔ぶれかもしれない。誤解のないよう繰り返しておくと、2人ともWPAではチームにプラスの貢献をしている。ただ、重要な場面に限るとパフォーマンスは低調だったようだ。

では、こうしたクラッチ指数を基に「勝負強い打者」を特定できるのか。残念ながら、そう簡単にはいかない。一般的な打撃成績に比べ、クラッチ指数はシーズンごとの変動が大きく、変動の仕方にも規則性がない。昨季、球界最高峰の「勝負強さ」を発揮した西川といえども、過去6年をみるとプラスとマイナスのシーズンが3回ずつときれいに二分されている。

「勝負強さ」が長打力や球速のように安定して発揮される資質であれば、こんなことはあり得ない。米国では多くのアナリストが「勝負強さの正体」をつかもうと格闘し、最後には同じ結論に至っている。

身もふたもないのだが、それは「巡り合わせ」だ。いいかえれば「安定して発揮される勝負強さという資質は見当たらず、あったとしても無視して差し支えないほど僅かである」ということになる。お立ち台に呼ばれた選手の多くは「(打てたのは)たまたまです」と答える。あれはボキャブラリーの不足でも謙遜でもなく、まさに真理なのである。

しかしそうはいっても、どこか腑(ふ)に落ちないものが残る。ここで思い浮かぶのは、見る側が別の基準で勝負強さを判断している可能性だ。

例えば「どの試合で打ったか」は大きな要素だろう。同じサヨナラ本塁打でもシーズン序盤に打てば大して話題にもならないが、優勝を決める大一番で打てば名場面になる。しかしクラッチ指数にはこうした"劇的度"は反映されない。

指数が測る「重要な場面で安定して高い能力を発揮する」という資質もファン目線とはズレているのかもしれない。09年WBCのイチローはチャンスで継続的に打っていたわけではない。それどころか、全く打てていなかった。それが最後の最後に打ったから、「イチローはやっぱり勝負強い」と、より鮮烈な印象を残すことになったのだ。

印象度ではクラッチ指数よりWPA

タネを明かせば、ファンはクラッチ指数が高い打者よりも、勝利への貢献度を表すWPAが高い打者を勝負強いと感じているはずだ。昨季、球界最高のWPAを記録したのは鈴木誠也(広島)で6.93だった。以下、中村剛也(西武)、森友哉(同)、坂本勇人(巨人)、吉田正尚(オリックス)と続く。鈴木のクラッチ指数はマイナス0.47とやや物足りなかったが、WPA1.94の西川よりも鈴木に勝負強さを感じる人は多いはずだ。

これは事実誤認ではない。前述の通り、WPAは打力によるところが大きい。勝利への貢献度が高い強打者はいい場面で打っている絶対数が多いため、ファンの記憶にも自然と残る。チャンスになると2割3分と奮闘した「勝負強い2割打者」よりも、2割8分と「チャンスに弱かった3割打者」の方が頼りになると感じるのは自然なことだ。

まとめると、次のような結論になる。勝負強さを「重要な場面で普段以上の力を出せる能力」と定義すれば、「勝負強い打者」は存在しない。だが、勝負強さの定義を「重要な場面でよく活躍する選手」とすれば「勝負強い打者=強打者」という図式が成り立つ。勝負強い打者とはここぞの場面だけでよく打つのではなく、どんな場面でも安定して打っているから、中には値千金の一打も入っているということだ。

宝くじが当たるのは、たまにしか買わないくじを高い確率で当てる能力を持つ人ではなく(そんな能力は存在しない)、くじをたくさん買う人である。身もふたもない結論かもしれないが、多くの真理は単純にして平凡だ。イチローや長嶋が勝負強い選手として記憶されるのは、彼らが卓越した打者だったからにほかならない。

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