長久保赤水、知名度じわり 江戸時代の日本地図先駆者

2020/5/14 9:28
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茨城県高萩市出身で江戸時代の地理学者、長久保赤水(ながくぼ・せきすい、1717~1801年)が近年、知名度を上げている。初めて実測で日本地図を作った伊能忠敬(いのう・ただたか、1745~1818年)より42年早く、情報収集による精度の高い「赤水図」を作り、庶民や後世の知識人に広めた功績が評価され始めた。

江戸時代の地理学者、長久保赤水の「改正日本輿地路程全図」(高萩市教育委員会提供)=共同

JR高萩駅前にある長久保赤水の像=茨城県高萩市=共同

赤水は高萩市赤浜の農家生まれで、幼い頃に両親を亡くした。親族に育てられながら、学問に興味を持ち、水戸藩の学者らの下で儒学や天文学、地理学を学んだ。30代半ばで正確な日本地図を作ろうと決意し、情報収集や各地の旅を経て、52歳で初めての地図を完成。功績が認められ水戸藩主の侍講になった。

赤水の地図は天文学を取り入れたことで、日本で初めて経線と緯線が書かれ、比較的正確なのが特徴。中でも1779年に初版が完成した「改正日本輿地路程全図」(通称・赤水図)は実用性が高く、江戸時代の庶民に広く流通した。

幕末の志士を育んだ吉田松陰(1830~59年)が兄に宛てた手紙には「これが無くては不自由」と、赤水図を旅に役立てていたことが記されている。

1821年に完成した伊能忠敬の地図は、伊能自らが実際に各地を歩き歩幅で測量したことで有名。一方で赤水は自分で集めた地名などの情報を地図に盛り込んだため、内陸の情報も豊富だ。長久保赤水顕彰会の佐川春久会長(70)は「友人が多く、旅人にもお茶をごちそうして話を聞くなど、情報収集能力にたけていた」と強調する。

赤水の関連資料693点は、2017年に県指定有形文化財になるなど徐々に価値を評価され、国の文化審議会は今年3月、同資料を国の重要文化財に指定するよう文部科学相に答申した。

さらに知名度を上げようと顕彰会は同月、赤水が地図に書き残した不思議な海上現象を元にした絵本「りゅうのひかり」を出版。縦約84センチ、横約128センチの赤水図のレプリカ発行を目指し、資金300万円をクラウドファンディングで募る。

動きは県外にも広がり、今後、吉田松陰ゆかりの松陰神社(山口県萩市)でもレプリカが展示される見通しだ。佐川さんは「世界で通用する、誇れる先人の一人。地理の歴史の中に赤水図をしっかり位置付けたい」と語り、将来的には大河ドラマ化も目指している。

〔共同〕

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