新型コロナで広がる遠隔授業 大学教育はどう変わる?

新型コロナウイルスの感染拡大に対応し、インターネットを活用した遠隔授業を始める大学が増えてきました。実際に始めてみると様々な課題が浮かび上がり、大学教育を見直す機会にもなりそうです。
最初の課題は、教員が講義を配信し、学生が視聴する環境の確保です。教員と学生が使っている機器、ネットの環境は様々であり、円滑に運営できるかどうか、各大学は手探りの状態です。遠隔授業といっても、教員と学生が双方向でやりとりする方法だけでなく、講義のビデオ録画や、音声入りのパワーポイントを学生が視聴するといった様々な方法があり、どのスタイルを選ぶかによっても、必要となる機器に違いがあります。
京都大学の根井雅弘教授は「快適なネット環境を整えられる家庭ばかりではない」と経済格差の存在を指摘します。ある大学では、学生のほとんどがパソコンを持っておらず、スマートフォンでの視聴を前提にしていますが、伝達できる情報に制約があります。
講義の内容にも影響が出ています。早稲田大学の川本裕子教授は「録画を公開する形式の場合、シラバス(講義計画)に正確に沿った内容にしないと学生の期待に応えられない可能性があり、毎回の授業内容の透明化が進む」と考えています。講義のビデオ映像を収録した同志社大学の鹿野嘉昭教授は「学生の目を見たり、動きを観察したりしながら、言いたいことがうまく伝わっているかを確かめられないのはつらい」と率直に語ります。
一方、双方向の会議システムを導入した大学の教員からは、「一人ひとりの学生と向き合い、チャットなどで対話をしながら講義ができる。これまで、かけ声倒れだった"顔の見える教育"を実践するチャンスと受け止めている」という前向きな声が出ています。双方向でやりとりする環境を作れるなら、「ゼミナール方式の授業も十分に可能」との指摘もあります。
「遠隔授業は各分野で進むデジタルトランスフォーメーション(DX)の一環で、後戻りはできない」と語るのは、オンライン講座の経験が豊富な昭和女子大学の湯川抗教授です。大学生活には多様な側面がありますが、講義に絞れば「しっかり準備をすれば対面よりオンラインの方が学生を飽きさせない工夫がしやすい」と言います。
遠隔授業が標準になると、従来の大学の施設は必要なのか、大学の存在意義は何かといった議論にもつながります。秋入学の導入をはじめ、様々な議論がしやすくなった今こそ、大学の運営を根底から見直すときではないでしょうか。
湯川抗・昭和女子大学教授「大学のあり方、考え直す機会に」
遠隔授業を成功させるためには、どんな工夫が必要でしょうか。昭和女子大学の湯川抗教授に聞きました。
――遠隔授業には様々なタイプがあり、導入の時期も大学によって違いがあります。どのように対応していますか。

「4月末からオンラインで授業を始めています。ビデオ会議サービス『Zoom』(ズーム)を活用し、授業の時刻に講義資料を示しながら、ライブで講義をします。ネットを媒介にしていますが、従来の対面授業と、基本的なやり方は変わらないといえます」
――ネット環境を整えられない家庭もあるとの指摘もあります。
「ネット機器や回線の費用負担の問題よりも、家庭環境の影響が大きいのではないでしょうか。例えば、共働きの両親がいずれも在宅勤務となり、リビングに設置してある家族共用のパソコンを使っていると、生活音が響いて授業に集中できないといった声を聞きました。また、両親の在宅勤務で複数の人が同じ室内で同時にビデオ会議を使うと通信環境も悪くなります」
――遠隔授業を円滑に実行するコツはありますか。
「かつて所属していたSBI大学院大学は、完全オンラインの大学院でした。全ての講義は事前に録画し、60分の授業を15分ずつ4つのセクションに分けます。1セクションが終了すると、簡単なテストを実施し、正解なら次のセクションに進める構成になっていました。ライブの講義よりも受講者の理解度を確認しやすく、受講者も集中力が高まります。録画を収録するときは、映像編集の専門家が同席し、内容のチェックや編集をしてくれました。ライブの授業とは異なり、受講者は何度でも視聴できるので、内容のミスは許されません。じっくり準備をすれば、完成度が高い録画を提供できるようになります」
――遠隔授業は大学の授業の標準になりますか。
「コロナ禍がいつ収束するかにもよります。明確なことはいえませんが、仮に短期間で収束したとしても、対面での授業を再開するのは、リスクが高いかもしれません。学生や保護者、教員らの間から慎重な対応を求める声も出そうです。学生、教員の双方が遠隔授業に慣れるなら、無理に元に戻さなくてもよいでしょう」
――秋入学の導入を巡る議論をどうとらえていますか。
「秋入学はずいぶん前から議論されてきましたが、大学の立場だけから入学の時期を議論しても意味がないと思います。仮に秋入学に移行したとしても、企業がそのスケジュールに合わせて採用活動をするようにならなければ、卒業した学生が中ぶらりんになりかねません。秋入学ばかりが注目されていますが、もっと広い視点から、大学のあり方を考え直すべきではないでしょうか」
(編集委員 前田裕之)
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