クラシック音楽、継承の危機 指揮者 沼尻竜典氏
「泳ぎ続けないと死ぬ」 コロナと創作(2)

2020/5/19 2:00
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 ぬまじり・りゅうすけ 1964年東京生まれ。びわ湖ホール芸術監督などを務める。90年にブザンソン国際指揮者コンクール優勝。作曲家としても活動。

ぬまじり・りゅうすけ 1964年東京生まれ。びわ湖ホール芸術監督などを務める。90年にブザンソン国際指揮者コンクール優勝。作曲家としても活動。

「休憩時間のたびに、視聴者数が何万人を超えた、などと情報が入るんです。客席に人は見えなかったけれど、聴衆の熱を感じながら演奏することができました」

3月7、8日、びわ湖ホール(大津市)で、ワーグナーの楽劇「神々の黄昏(たそがれ)」の無観客上演を指揮、その様子を無料で生配信(ライブストリーミング)した。新型コロナウイルスの影響で通常の上演が難しくなったための措置だが、休憩を入れると6時間もかかるオペラの生配信は、日本では初めてだろう。

配信するためにはさまざまな権利者の許諾が必要で、急に実施するのは難しい。だが、今回の舞台は上演に4日かかる「ニーベルングの指環(ゆびわ)」の最終部の初演で、ドイツ人演出家らが、びわ湖ホールにいたことが幸いした。

「(同ホールの)山中隆館長が、歌手やスタッフを全員集めて、1人でも反対したら(配信を)やめると言ったのですが、年に1本ずつ上演してきたオペラの"最終回"を上演できないことの方が、皆にとってつらいことでした」

この配信はのべ41万人ほどが視聴、通常の公演の100倍もの聴衆の目に触れたことになる。とはいえ、びわ湖ホールにとっては、約6千万円のチケット収入が入らず、上演経費(1億数千万円)だけがかかったことにもなる。近くブルーレイを発売する予定だが、収益が上がったとしても制作費の回収には程遠い。

公演中止によってチケット収入が消え、リハーサルなどの準備コストだけが残る。似たようなことは、ほかの分野の舞台芸術でも起きている。仕方ないとはいえ「オペラの場合、仕込みに2年以上かかる。再開時期がきてもすぐには上演できないし、それまでに専門知識を持ったフリーランスのスタッフが離職してしまうかもしれない。この世界は低速でも泳ぎ続けていないと死んでしまう」と危惧する。

若い音楽家のことも心配だ。「僕の世代はいい。けれど20代の演奏家にとって、たとえ半年でも聴衆の前で演奏できないことは、結構なダメージになる」

コロナ禍がクラシック音楽にもたらしたものを「継承の危機」と捉える。演奏家も、周辺を支えるスタッフも「育成に時間のかかる世界」で、一度断絶すると容易には元に戻らないのだ。

「体験」の継承の問題もある。びわ湖ホール「ニーベルングの指環」の演出家ミヒャエル・ハンペと話して改めて実感したという。

「今年85歳になるハンペさんは、ここをカラヤンはどう指揮したとか、この名歌手はどう歌ったなどと教えてくれる。クラシックの世界は、こうした先人の体験を受け継いだ先に今がある。演奏会ができない期間が長引くと、こうした機会も失われてしまう」

オーケストラも打撃を受けている。「知人が在籍するドイツのオーケストラでは、団員の給与カットが始まった。組合の積立金を使って、給与の補填や、よくエキストラに入ってくれるフリー奏者の支援をしているそうです」。日本では、大半のプロオケが公益法人になったがゆえに、収益をプールできないなど財政面の不自由さに直面し苦況に陥っている。

「新型コロナ後」に、クラシックの世界はどうなっているだろう。歴史の中で、演奏会の姿は、さまざまに変化してきた。「どんな形でもいいから、また演奏会ができるようになったら、真っ先に復活ののろしを上げられるよう、今は、自己研さんを積んでいます。そして、再開後の僕の演奏会に『神々の黄昏』の配信を聴いた方が1%でも来てくれたら、どんなにうれしいことか」

(編集委員 瀬崎久見子)

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