「大きな田舎」大阪は人が回す わかぎゑふさん
関西のミカタ 劇作家・演出家

2020/5/13 2:01
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わかぎ・えふ 1959年大阪生まれ。劇団「リリパットアーミーII座長。劇作家・演出家として多数の現代演劇作品を手掛けるほか、歌舞伎「たのきゅう」(坂東三津五郎主演)「色気噺お伊勢帰り」(中村鴈治郎主演)の演出など古典芸能の造詣も深い。

わかぎ・えふ 1959年大阪生まれ。劇団「リリパットアーミーII座長。劇作家・演出家として多数の現代演劇作品を手掛けるほか、歌舞伎「たのきゅう」(坂東三津五郎主演)「色気噺お伊勢帰り」(中村鴈治郎主演)の演出など古典芸能の造詣も深い。

■大阪・玉造で生まれ育ち、1986年結成の劇団「リリパットアーミー」で、故・中島らも、松尾貴史ら個性的なメンバーとともに全国区の人気を獲得。以来、大阪を拠点に演劇界で活躍するほか、エッセイストとしてもおなじみだ。

スポーツ少女だった私が文化的なものに興味を持ったのは大阪・船場にある相愛中学・高校の頃。漫画を描くようになったり芝居の世界に触れたりしたあの頃が今につながっている。学校には地元船場の家の子もいれば、関西各地のお嬢さんもいた。少し場所が変われば価値観も考えも違う。関西文化の多様性を学んだのもこの時期だった。

20代の前半に5年ほど東京で暮らしたり一時期中国・上海に通ったりした経験を経て、改めて大阪に出合い直した。東京から大阪に戻って会社勤めをした時の上司は電話を取ると「まいど! 最近どないでっか?」って本当に言う漫画みたいな大阪のおっちゃんで、それがとても新鮮だったのを今でも思い出す。

大阪の外を見てわかったのは、大阪は大きな田舎だということ。東京は何事も縦割りのシステムにのっとって人や物事が動くが、大阪は商売も文化もまず人ありき。人が中心にいること、生で人と人が会って時間空間を共有するという演劇の根幹と共通する人肌の感覚が大阪にはある。必ずしもそれが私の肌に合うというわけではないのだが。

■同い年の中村鴈治郎をはじめ古典芸能の世界と交流は深く、新作狂言、歌舞伎の脚本・演出なども手掛けてきた。

幼い時から文楽なども見てきたが、特に18歳の時、南座で見た歌舞伎「桜姫東文章」は私の原点。若手だった(坂東)玉三郎、(片岡)孝夫(現仁左衛門)、(市川)海老蔵(故・十二代目団十郎)の関西で暴れてやるという気概、時代に反抗するような古典を食い破っていくエネルギーにあふれていた。きれいも醜いも悪も華も混在する世界が衝撃だった。

私が日常的に古典の世界と交流できているのも、人ありきの大きな田舎である大阪だからこそ。文楽を見に行けば、女流義太夫、能・狂言、歌舞伎、落語の人がいて数珠つなぎに友達に。その信用で仕事までさせてもらえる。

大阪松竹座(大阪市)で演出するわかぎゑふさん

大阪松竹座(大阪市)で演出するわかぎゑふさん

■新型コロナウイルスの影響で自身が手掛けた公演も中止に。古典芸能、現代演劇を問わず、周囲の舞台人も大きな影響を受けている。文化芸術への公的な支援も手薄で危機的な状況にも見える。

一番の問題は文化が生活とは離れたどこか遠くから来る高尚なものと思われていること。それだと、文化は経済がつくった余剰で支えられる存在になる。本来文化は生活の中にあって、文化こそが経済を回していたのではなかったか。4月に歌舞伎を見に行くなら春の色の着物を着て帯留めは何にしよう、この演目なら弁当もそれにちなんだものをというように。縦割りの東京では難しくても、横のつながりがある大阪なら、そんな文化と商売のあり方を取り戻せるのではないか。

(故・坂東)三津五郎さんが「現代人の俺がやってんだから、今の歌舞伎は古典じゃねえよ」と言っていたのを思い出す。日本はかつての文化の貯金を使い果たしてしまって、今はその再生を始めなければいけない時代。古典芸能の人たちと一緒に古典を現代につなぎ直すこと、そしてもう一度演劇が文化が経済を回していくようになること。この年齢になって、やっとそういう仕事ができるようになってきたし、自分にやれることがあると感じている。

(聞き手は佐藤洋輔)

関西とつながりがある方々が登場するインタビュー「関西のミカタ」を毎週水曜日に掲載します。地域を知る「味方」ならではの「見方」を語っていただきます。

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