食料供給網 いかに守るか(The Economist)

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2020/5/12 0:00
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もしあなたが先進国で暮らしていて、貿易と世界的な協力の実例を知りたければ、夕食の食卓を見るだけでそれがすべてを物語る。3月に欧米で相次いでロックダウン(都市封鎖)が始まった頃、多くの人々がパンやバター、豆が品薄になるとの不安を抱き、買いだめに殺到した。しかし今では、おびただしい数の輸送トラックがスーパーに商品を運び棚を埋め尽くしてくれるおかげで、お気に入りの番組を見ながら、好みのものを好きなだけ食べられる。

トランプ米大統領は、新型コロナウイルスの感染拡大で閉鎖した食肉加工会社に稼働の継続を命じる大統領令に署名した=AP

トランプ米大統領は、新型コロナウイルスの感染拡大で閉鎖した食肉加工会社に稼働の継続を命じる大統領令に署名した=AP

ロックダウン下でも機能したサプライチェーン

この資本主義の奇跡は、1つの巨大な計画によって実現したのではない。8兆ドル(約850兆円)規模に上る世界のサプライチェーン(供給網)が新たな現実に適応しているからだ。何百万もの企業がアジアのコメの取引先を変えたり、冷凍倉庫を改修したりするなど、臨機応変に的確な判断を下してきた。

それでも完璧には程遠い。所得が激減し飢える人は増えている。人手不足や凶作といったリスクもある。皮肉なことに、食品関連業界が今直面するこの危機は、中国の湖北省武漢にある生鮮卸売市場で肉が売買されていたセンザンコウに端を発していたかもしれないのだ。それでも食品供給網は、過酷な試練を克服しつつある。だからこそ(新型コロナウイルスの)パンデミック(世界的な大流行)中もその後も、各国政府が自給自足を目指す誤った方向に傾かないことが不可欠だ。

世界GDPの10%を占め、15億人を雇用する食品供給システム

米アップルのスマートフォン「iPhone」の供給網や、米国とメキシコの国境を流れるリオグランデ川を横断する自動車部品の流れは、あらゆる要素が見事なまでに協調しているからこそ可能になる。だが21世紀の流通網の影の立役者は世界の食品供給システムだ。農場から食卓までを合わせると世界の国内総生産(GDP)の約10%を占め、雇用している従業員数は15億人に上るともいわれる。

1970年以降、世界人口は約77億人に倍増したが、世界の食料供給量は3倍近くに増えた。その間、食料不足に直面する人の割合は全人口の36%から11%に減少し、トウモロコシや牛肉の実質価格は50年前より安い。食品の輸出はこの30年間で6倍に拡大し、全人口の5分の4が他国で生産された食品からカロリーの一部を摂取している。

これは各国政府の政策の結果ではない。政府の存在にもかかわらず実現しているのだ。政府による介入は減ってはいるが、時には価格を固定したり流通を統制したりする。欧州連合(EU)の農産物への関税はそれ以外の輸入品にかかる関税の約4倍だ。小麦やコメといった主食は、米国やインド、ロシア、ベトナムなど十数カ国の主要輸出国がほぼ独占している。世界の食の大半を動かしているのは、穀物メジャー最大手の米カーギル(ミネソタ州)や中国国有食料大手の中糧集団(コフコ)など6社ほどだ。

一部の国や企業による寡占化と政府による介入に加え、気候や商品市場の予測不能な変動にさらされる食品供給システムは、きめ細かく調整されていて、欠陥があれば甚大な影響を招く。2007~08年には不作とエネルギーコスト上昇が原因で食料品価格が急騰した。各国政府は食料不足が起きる恐怖から食品輸出を禁じたが、これが一段と不安をかき立て、価格はさらに上昇した。その結果、新興国では暴動が相次ぎ、不安が高まった。1970年代にも、肥料の高騰と米国やカナダ、旧ソ連での悪天候の影響で食料危機が起きたが、これ以来の最も深刻な事態となった。

今回の危機は大変厳しいにもかかわらず、食品供給システムを構成する全ての部門が事態にうまく対応できている。穀物の供給は直近の収穫と潤沢な備蓄によって維持されてきた。運送会社や港湾は食品の大量輸送を続けられるようにしている。

外食の禁止や自粛は企業に劇的な影響を及ぼす。米ハンバーガーチェーン大手、マクドナルドの欧州での売り上げは約70%減少した。大手小売業者は取扱品目を減らし流通網を再編している。米アマゾン・ドット・コムは食料品のオンライン販売能力を約60%拡大し、米小売り最大手のウォルマートは15万人を新たに雇用した。中でも重要な点は、ほとんどの国の政府が07~08年の教訓を生かし保護主義に走らなかったことだ。当時、制限対象だった食品輸出はカロリーベースで全体の19%を占めたが、今回はわずか5%だ。価格は今年に入りこれまでのところ下落している。

寡占化が顕著な食品業界

だが試練はまだ終わっていない。食品業界はグローバル化が進んでいるため寡占化が顕著で、ボトルネックが起きやすい。米国では数カ所の食肉加工工場で新型コロナウイルスの集団感染が発生し、豚肉の供給量が4分の1減る一方、インディアナ州では野生の七面鳥を狩猟できる許可証の交付件数が28%増加した。欧米では農作物の収穫に、メキシコや北アフリカ、東欧などから100万人を超える移民労働者が必要となる。

国連の試算によると、経済が縮小し所得が激減する中で、深刻な食料不足に直面する人々の割合は世界人口の1.7%から3.4%に上昇し、豊かな国々にもそのような人たちが存在するという。これは食料ではなく収入が不十分であることによるものだが、国民が飢えれば政府は当然、非常措置を打ち出す。常に存在するリスクは、貧困の拡大や生産の落ち込みを受けてパニックに陥った政治家が、食料の備蓄や輸出の制限に動くことだ。そうなれば、07~08年のような報復合戦を招き、事態はさらに悪化する。

各国政府は冷静さを保ち、世界の食料供給システムを正常に稼働させる必要がある。そのためには、決して備蓄に走ることなく、食料の輸出入を認め、移民労働者に査証(ビザ)と健康診断を付与し、貧困層に現金を支給して支援することだ。そして中小の食品会社が経営破綻したり、大手に買収されたりして業界の集中度がさらに高まるのを防ぐことも重要だ。さらに、認証や品質基準といった手法を使って食品供給システムの透明性やトレーサビリティー(生産履歴の追跡)、アカウンタビリティー(説明責任)を高め、いつの間にか病気が動物からヒトに感染するような事態を回避すべきだ。

食料自給の加速や介入は避けるべき

食料問題を国家安全保障上の問題として理解することは賢明だ。だがその理解をゆがめて、自給自足を加速したり行き過ぎた介入をしたりするのは愚行だ。今年に入る前からすでに、食料は貿易戦争の一部となっていた。米国は大豆の輸出を管理し輸入チーズに関税をかけようとした。トランプ米大統領は先月、食肉加工工場について稼働を継続すべき米国の重要インフラの一つに指定した。マクロン仏大統領も先月、欧州が農業分野で「戦略的な自治」を確立すべきだと呼びかけた。しかし食の自給自足を追求するのは誤りだ。相互依存と多様性が安全保障を高める。

食料供給システムの役割はまだ完成していない。今後30年間、世界の人々がより裕福になり、人口が増えるのに伴い、その需要に応えるため食品供給量を約50%上昇させる必要がある。しかもシステム全体の二酸化炭素排出量は最低でも半減させなければならない。それには生産性を高めるための新たな革命が必要だ。都市に近いハイテク温室や果実収穫ロボットなど、あらゆる手法が含まれる。革命には、市場で可能な限りの機敏さと創意工夫、そして莫大な民間資金が必要となる。

今夜、食卓で箸やナイフやフォークを手に取るとき、飢えている人々のことと世界に食料を供給しているシステムの両方について思いを巡らせてほしい。奇跡のように食べ物を届けてもらうためには、パンデミックのときだけでなくその収束後も、このシステムに制約が課されてはならない。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. May 9, 2020 All rights reserved.

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