「ズーム疲れ」はなぜ? 大きな負担、脳にかかる

2020年4月15日、米リーハイ大学の宗教学教授、ジョディ・アイクラー=レヴァイン氏はビデオ会議アプリ「ズーム(Zoom)」での講義を終えると、そのまま仕事場として使っている客用寝室で眠りに落ちた。以前から講義は疲れるものではあったが、こんな「昏倒」するように寝入ってしまったのは初めてだという。
つい最近まで、アイクラー=レヴァイン氏は、実際の教室で大勢の学生を相手に講義を行っていた。そこでは、学生たちがどう感じているかを容易に把握できた。だが、新型コロナウイルス感染症COVID-19のパンデミック(世界的な大流行)によって、その環境は一変した。
世界の人たちと同じように、彼女の生活はバーチャル空間に追いやられた。リモート講義のほかにも、週に一度の学部懇親会、友人たちと芸術について語り合う会、ユダヤ教の「過越(すぎこし)の祭り」など、さまざまな会合にズームを通して参加することになった。その代償が今、彼女に大きくのしかかっている。

「画面上では、自分が小さな四角形の中に押し込められているため、普段よりも感情を大げさに表してしまうのです」とアイクラー=レヴァイン氏は言う。「私はもうくたくたです」
同じような経験をしている人は非常に多く、「ズーム疲れ(Zoom fatigue)」という言葉も生まれた。今回のパンデミックをきっかけに、さまざまなビデオ会議ツールがかつてない規模で使われるようになった。この思いがけない社会実験から浮かび上がってきたのは、バーチャルな交流は脳に極めて大きな負担をかける、という事実だ。


「バーチャル空間での交流が、わたしたち人間にとって重圧になることを示す研究はたくさんあります」。米ノーフォーク州立大学のサイバー心理学准教授、アンドリュー・フランクリン氏はそう述べている。
ビデオ会議はなぜ疲れるのか
人間は、何も話していないときにも情報のやりとりを行っている。直接の対話においては、脳は話されている言葉に注意を払うと同時に、非言語的な手がかりからもさまざまな意味を読み取っている。たとえば、相手が自分にまっすぐ向いているのか、それとも少し斜めなのか、話をしながらそわそわと体を動かしているのか、話をさえぎろうとすばやく息を吸い込んだのか、といったことだ。

そうした手がかりは、話し手が何を伝えようとしているのか、また聞き手にはどんな反応が期待されているのかといった全体像を把握するうえで役に立つ。人間は社会的動物として進化してきたため、大半の人はそうした手がかりの意味を自然に読み取り、感情的な親密さの基礎を築くことができる。
一方、ビデオ会議では、言葉に対して継続的に強い注意を向けることが要求される。たとえば、ある人の肩から上だけしか画面に映っていなければ、その人の手の仕草やボディランゲージを見る機会は失われる。またビデオの画質が低い場合は、ちょっとした表情から何かを読み取ることは不可能だ。
「そうした非言語的な手がかりに強く依存している人にとって、それが見られないというのは大きな消耗につながります」と、フランクリン氏は言う。
ギャラリービューによる消耗はさらに深刻だ。ギャラリービューでは会議の参加者全員が同じ大きさで画面に映し出されるため、脳はいやおうなしに、たくさんの人の表情をいっぺんに解読することになる。その結果、だれからも意味のある内容を読み取れないこともある。


「現代人は特定のことに完全に集中することがなく、常にいくつもの活動に従事しています」と、フランクリン氏は言う。心理学者はこうした状態を「継続的な注意力の断片化」と呼んでおり、これはバーチャルな環境にも、リアルな環境にも当てはまる。グループでのビデオチャットの多くが失敗に終わるのは、たとえば料理と読書を同時に行うような、非常に難しいマルチタスクを同時にこなそうとするからだ。
また、グループでのビデオチャットでは共同作業性は低下し、一度に話すのは2人だけで、残りの人たちがそれを聞いているという状態になりやすい。すべての声が参加者全員に届くため、同時に別の会話をすることができないからだ。そして話をしているだれかを注視すると、声を出さない参加者がどんな態度を取っているかは把握しにくい。一方、通常の会議であれば、そうした情報を周辺視野にとらえることができるだろう。
人によっては、長時間にわたって注意力が分散された状態が続くと、何もやり終えていないのに消耗したという奇妙な感覚を覚えることもある。脳が、非言語的な手がかりを求めて過剰に集中し、慣れない刺激を過度に受けることによって、くたくたに疲れてしまうのだ。
昔ながらの電話の方が脳への負担が少ない理由はそこにあるのかもしれないと、フランクリン氏は言う。なぜなら電話が果たす役割は、一人の声だけを届けるというささやかなものだからだ。
一方で恩恵も
一方で、ビデオ会議への急激な移行は、複数の人が話している状態にストレスを感じる自閉症の人など、対面でのやりとりに困難を抱える人にとっては恩恵となっている。
ニュージャージー州の報道機関「クライメート・セントラル」の編集者、ジョン・アプトン氏は、最近になって自らが自閉症であることを知った。昨年末、アプトン氏は、人が大勢集まる会合に出席したり、対面での会議に参加したり、職場で交わされる世間話をしたりといったことから生じる「おぼろげな緊張感や不安」といった精神的な負担に悩まされていた。

今ではパンデミックによって同僚たちが皆、リモート勤務となった。ビデオ会議では、通常の会議よりも話をする人数が少なく、会議前後の世間話も短くなった結果、アプトン氏は、自分が感じていた緊張や不安は大幅に軽減されたと述べている。
アプトン氏のこうした経験は研究によって裏付けられていると語るのは、発達障害者や知的障害者のオンラインにおける交流を研究している、カナダ、ケベック大学ウタウエ校のクロード・ノルマン氏だ。氏によると、自閉症の人たちは、会話の中で自分がいつ話すべきなのかを理解しづらい傾向にあるという。そのため、ビデオ会議で頻繁に生じる発言と発言の間のタイムラグが、一部の自閉症の人にとって有利に働いていると考えられる。「ズームを使っているときには、次に話すべきはだれなのかが明確ですから」と、ノルマン氏は言う。
いずれにせよ、ビデオ会議は、わずか数年前には不可能だった方法で、人と人とを結びつけてくれている。
ビデオ会議が引き起こす精神的な混乱に、人々がうまく対処することを覚えれば、いずれはズーム疲れを軽減することができるようになるかもしれない。もし自分が人からどう見られているか気にしすぎている、あるいは過剰な刺激を受けていると感じたときには、カメラをオフにするようにと、ノルマン氏は勧めている。可能であれば電話で会議を行い、それを歩きながらやってみるのもいいだろう。
「歩きながら話をすることは、創造性を向上させ、ストレス軽減にも寄与することがわかっています」と、ノルマン氏は言う。
(文 JULIA SKLAR、訳=北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年5月6日付]
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