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AIコーチにできない指導 仲間と走れぬ今、思うこと

ランニングインストラクター 斉藤太郎

「オレンジジュースのプールに長くつかっていると、自分がオレンジジュースを好きだったことを忘れてしまう」。競技に集中させてもらえる今の時間がどれほど貴重か。ただ「こなす」ことに終始しないための戒めとして、大学の恩師がかけてくれた言葉です。緊急事態宣言からニッポンランナーズの全ての活動は休止となっています。ランニングライフ、クラブでの交流がどれだけかけがえのない習慣だったのか。メンバーもスタッフも強く思い知らされています。

ニッポンランナーズの活動は全て休止となり、メンバーとの交流がどれだけかけがえのないものだったかを思い知らされている

ネットを通じてメンバーの心をつなげる

集って走ることはできませんが、在籍メンバーや、この春から走りだそうとされていた方の気持ちが下降してしまわぬように、インターネットを使っての動画や情報発信をコンスタントに続けています。隔月で発行している会報を4月末にどうにか出すことができました。トピックがない中でメンバーのメッセージを募集し掲載するなど、報告よりもエールやオピニオンが中心の内容です。例えば川柳にはこのようなものがありました。

「目が覚めて コロナはウソと してほしい」

「インターバル 岩名で一人 タイム読み」

「40回 佐倉マラソン 盛大に」

ランニング中のソーシャルディスタンスに関わる作品もありました。

「ジョギングは 散歩の人とも 4~5メートル」

「マスクして 走ればできた 吹き出物」

対ランナーだけではなく、街中を行き来する方々への配慮として、4~5メートルは間隔を空けるべきだ。マスクや「バフ」という鼻まで覆える布を着用することをエチケットとする注意喚起がされています。

心理学でいわれる「ヤマアラシのジレンマ」というものをご存じでしょうか。体中を針毛で覆われた大きなハリネズミのようなヤマアラシが2匹、寒い山の中にいます。お互いを温めようと近づくと、針毛が刺さって痛い。離れてしまうと寒い。お互いにとってちょうどいい距離間を見いだし、保つというお話、考え方です。

日本人は日常、他の方との境界線、入り込んではいけないエリアをきっちり保つ方だと私は思います。文化の違いともいえますが、例えば、入場整列時や、飛行機のピックアップ荷物を待つときなど、他国の方の距離が近すぎると感じた経験はないでしょうか。

そんなソーシャルディスタンスですが、ランニング時に他の人とすれ違う際は、これまで以上に気をつかって間隔を空けるようになってきたと感じます。思慮深いランナーは「私はあなたのことをそこまで嫌がっているわけではないのです。ごめんなさいね」という感情をにじませたアイコンタクトですれ違うケースもあります。

これまで以上にランニング中の間隔に気をつかうようになってきた(東京・駒沢公園)=共同

「本業」を続けるには「遊び」も必要

ニッポンランナーズでは推奨する練習メニューやエクササイズの紹介と併せて、コーチ陣座談会の内容も発信しています。メンバーの方からのメールで目立つのが、コーチ陣の声が聞けたことへの感謝や、「冗談や笑いに和まされた」という感想。その数は、理論的プログラムを提供したことへのお礼を上回るくらいです。

皆さんからいただくメッセージから思うことがあります。人工知能(AI)の普及によって追いやられる可能性のある職業の一つにスポーツインストラクターが挙げられています。フォームの解析や状況判断、プログラムの処方をコンピューターが担っていくという予測です。

ただ、私たちのクラブは多世代が集い、ともにスポーツに取り組む地域クラブチーム。この世界に関しては、AIでは私たちの要求を満たせないのではと考えています。人と人が顔を合わせ、表情から気持ちをくんでのアドバイスや、コーチそれぞれの人生観が投影されたアドバイスを受けられる。生活の柱になっているそうした風景を、AIがつくり出すことは難しいように感じます。

テレワークで他者とのコミュニケーションが仕事上必要なものに限られている方が少なくないようです。本題をスムーズに進めていく上で緩衝材の役割を果たすのが雑談。そうした「遊び」の部分が生活から省かれると、人は窮屈さを感じるのかもしれません。これからも何気ない雑談と笑いを発信していこうと思っています。

緩衝材という点では、歩くことも同じ要素になり得ます。これまでは通勤や外回りで歩くことが基礎運動の役割を担い、ランニングに耐えられる関節と筋力を整えてくれていました。その要素が欠如し、「座り作業」か「走る」のどちらかという両極端な生活になると、基礎の部分が足りなくなります。ケガにつながらないように歩くことも生活や練習のどこかに入れてみてください。

練習会がなくなって独りで走る生活になり、物思いにふける時間が増えた

教科書にないことを学ぶ機会に

練習会がなくなり、ひとりで走る生活となり、物思いにふける時間が増えました。かつてはマラソン選手に憧れていたものの、私が入った中学校には陸上部がありませんでした。バスケットボール部に所属するのと並行して、近くの多摩川を独りで走り、中体連主催ではないロードレース大会に出場していた頃を思い起こします。父が見つけてくる大会に自分で申し込んでいました。

その過程で現金書留や返信用封筒の使い方、「御中」と書くことなど、色々な勉強ができました。仲間も顧問もいない孤独にもめげずに入賞を重ねると、3年時に担任の先生が顧問に就く形で暫定的に陸上部を創設。大きな岐路でした。東京都総体など公式大会に出場することができ、そこでの入賞成績を考慮していただく形で憧れていた高校に進学。悲願がかなってランニングを習えるようになったのでした。あのまま陸上部がなかったら、人生は違った形になっていたはずです。

現在、うちの子どもたちは自宅学習をしています。宛名書き、資料のイラスト描きなどを手伝ってもらうこともあります。禍が過ぎ去ってからではなく、この状況下で教科書にはないことを実際に見て、感じ取る経験をしてもらいたいと考えています。私が3年生の都大会に出たことで母校の先生に発掘していただき、進学できたように、それぞれ志す分野を追求してきた子たちが評価される機会、発掘される機会がゼロになることなく、いつまでもあってほしいと願っています。

さいとう・たろう
 1974年生まれ。国学院久我山高―早大。リクルートRCコーチ時代にシドニー五輪代表選手を指導。2002年からNPO法人ニッポンランナーズ(千葉県佐倉市)ヘッドコーチ、19年理事長に就任。走り方、歩き方、ストレッチ法など体の動きのツボを押さえたうえでの指導に定評がある。300人を超える会員を指導するかたわら、国際サッカー連盟(FIFA)ランニングインストラクターとして、各国のレフェリーにも走り方を講習している。「骨盤、肩甲骨、姿勢」の3要素を重視しており、その頭の文字をとった「こけし走り」を提唱。著書に「こけし走り」(池田書店)、「42.195キロ トレーニング編」(フリースペース)、「みんなのマラソン練習365」(ベースボール・マガジン社)、「ランニングと栄養の科学」(新星出版社)など。

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