荒波襲うニッポン漁業 インドネシアが映す光と影

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2020/5/5 8:00
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「かかったぞ!」「はよ餌持ってこんか!」。漁師たちの怒号が飛び交い、次々と釣り上げられるカツオは弾丸のように顔をかすめていく。高知県土佐市を拠点とする一本釣り漁船「光丸」。先輩の指示を受け走り回るのは、3月から働き始めた3人の青年たちだ。インドネシアの水産高校を卒業し、昨年冬に来日。技能実習生としての3年間を歩み出した。

船上の(左から)ストリヨさん、ファイジンさん、ダダンさん。「家族のため」を合言葉に、日本の海で過ごす3年間は始まったばかりだ(4月)

船上の(左から)ストリヨさん、ファイジンさん、ダダンさん。「家族のため」を合言葉に、日本の海で過ごす3年間は始まったばかりだ(4月)

日の出から日没まで魚を探し回っては漁を繰り返し、夜も交代で安全航行の見張り番をする。漁港に水揚げすればすぐに海に戻る生活で得る十数万円の月収は、母国に住む親の数倍だ。厳しい船の仕事に励む3人の合言葉は「家族のため」。幼いころに父親を亡くしたストリヨさんは「一生懸命育ててくれた母親に田んぼを買ってあげたい」と日焼けした顔を拭う。

指示を受けて餌を運ぶファイジンさん。まだ手つきはおぼつかない(4月)

指示を受けて餌を運ぶファイジンさん。まだ手つきはおぼつかない(4月)

1980年代は「漁業大国」として世界一の漁獲量を誇った日本だが、高齢者の引退や後継者不足で廃業する漁船が増加。漁業の就業者数は約15万人と当時の3分の1になった。過疎化が進み、かつて活気にあふれた漁師町で働く若者は減った。低賃金で人手不足を補う技能実習生に頼る経営者は増え、水産庁によると2019年に1700人を超えた。

一本釣りの指導をする岡本さん(右)。海と陸で1年の大半を共に過ごす実習生は「日々の成長が楽しみな息子のようだ」(3月、高知県土佐市)

一本釣りの指導をする岡本さん(右)。海と陸で1年の大半を共に過ごす実習生は「日々の成長が楽しみな息子のようだ」(3月、高知県土佐市)

光丸の乗組員9人のうち5人が実習生。船主の岡本孝司さんは「地元の水産高校で案内をしても、就職に興味を持つ生徒はほとんどいない。実習生はいてくれないと商売が成り立たない貴重な存在だ」と話す。

漁業の深刻な人手不足に危機感を持った国は2019年に新設した特定技能制度の下、5年間で新たに最大9千人の外国人の就労を見込む。だが、少子高齢化が進む先進国の間で奪い合いも起きており人材確保は容易ではない。

インドネシアの首都ジャカルタで初めて開催された漁業の特定技能の筆記試験(1月)

インドネシアの首都ジャカルタで初めて開催された漁業の特定技能の筆記試験(1月)

特定技能試験を受けた元実習生のムルヤディさん。配車サービスの運転手として家族を養うが「生活は苦しい」と再び日本を目指す(1月)

特定技能試験を受けた元実習生のムルヤディさん。配車サービスの運転手として家族を養うが「生活は苦しい」と再び日本を目指す(1月)

中国に次ぐ世界2位の漁獲量を誇り、日本で働く実習生の大半を送り出すインドネシア。1月に首都ジャカルタで開催した初めての特定技能試験は、募集定員100人に対し応募者は19人にとどまった。現地の水産高校の教諭は「最近は日本より給与条件がよい韓国や、渡航手続きが簡素な台湾の人気が高まっている」と明かす。

ジャカルタから約300キロ東にある地方都市チレボンの漁村。台湾や韓国で数年働いて貯金をし、帰国後に船を買う漁師が多いという(1月)

ジャカルタから約300キロ東にある地方都市チレボンの漁村。台湾や韓国で数年働いて貯金をし、帰国後に船を買う漁師が多いという(1月)

若年層の失業率は高く、先進国を目指す若者は多い。チレボンの国立水産学校では毎年700人の卒業生のうち4割が外国で働く(1月)

若年層の失業率は高く、先進国を目指す若者は多い。チレボンの国立水産学校では毎年700人の卒業生のうち4割が外国で働く(1月)

人手不足の荒波が襲う日本の漁業界に、新型コロナウイルスでの入国制限や査証発行の中断が追い打ちをかける。海を渡る労働者の流れは止まり、「各地の漁協から悲鳴が上がっている」(業界団体関係者)。4月に来日して光丸に乗船する予定だった実習生の1人も本国で足止めされた。

実習生の寮で動画配信サイト「YouTube(ユーチューブ)」を見るストリヨさん。ニュースで伝えられる母国の新型コロナウイルスの拡大に母親を案じる(4月)

実習生の寮で動画配信サイト「YouTube(ユーチューブ)」を見るストリヨさん。ニュースで伝えられる母国の新型コロナウイルスの拡大に母親を案じる(4月)

人けのない漁港で一本釣りの練習に精を出す実習生の姿に、「実習生が来るサイクルが途絶えると、先が見えなくなる」とつぶやく岡本さん。家族のため、豊かさを求めて海を渡った実習生。彼らの夢を乗せ、綱渡りの経営を続ける船主たち。それぞれの思いを胸に、きょうも漁師たちは海に出る。

   文・写真 横沢太郎

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