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日本電産の永守氏にみる有事のリーダーシップ

グロービス経営大学院教授が「カッツ理論」で解説

(更新)

世界的な新型コロナウイルスの感染拡大によって、いま政治家や企業トップのリーダーシップが問われています。迅速な判断と強い指導力で評価を上げる人もいれば、逆に評価を下げる人もいます。その違いはどこにあるのでしょうか。日本を代表する経営者の1人である日本電産の永守重信会長兼最高経営責任者(CEO)を採り上げて、グロービス経営大学院の金子浩明教授が「カッツ理論」と「リーダーシップ」の観点から解説します。

【解説ポイント】
・価値判断と責任がリーダーの条件
・有事には倫理的、美的な判断の軸が問われる
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トップが決める体制は合理的

永守会長は2008年のリーマンショックでは、電子部品各社が大幅な減益や赤字で経営難に陥る中で、社員を解雇しない方針を打ち出したうえ、徹底したコスト改革で10年3月期には大幅増益を計上。危機を見事に乗り切りました。今回のコロナショックで、永守会長はいかなる決断を下したのでしょうか。

記事によると、まずトップがすべて決める体制に変えました。40数カ国に工場があると、有事の状況では情報が錯綜(さくそう)しかねません。加えて、数年かけてサプライチェーンを作り替えることを決断しました。どこかの国でパンデミック(感染症の大流行)が起きた場合、工場や調達先の国を分散させていないと、製品の供給がストップしてしまうからです。日本電産はこれまでM&A(合併・買収)を通じて成長してきましたが、当面は安易な投資を控えるようです。なぜなら、景気の悪化により現金の価値が高まっているからです。

こうした一連の施策は、日本電産の企業価値を維持するうえで合理的な判断だと言えるでしょう。新型コロナウイルスの新規感染者がゼロに近づいたとしても、経済的な不況は長引く可能性があるからです。モーターやセンサーなどの電子部品は、それらを搭載する自動車や家電、産業機械が売れなければ受注も減少します。そのため、経営トップにはダウンサイドのリスクを最小にすることが求められるのです。

まず必要な3つのスキル

さて、古典的なマネジメント理論に「カッツ理論」というのがあります。ハーバード大学の教授だったロバート・カッツが提唱したものです。カッツは、企業のマネジャーに必要な能力を、「テクニカル・スキル」「ヒューマン・スキル」「コンセプチュアル・スキル」の3つに分類しました。

テクニカル・スキルは業務を遂行する上で必要な知識やスキル、ヒューマン・スキルは人間関係を管理するスキル、コンセプチュアル・スキルは周囲の状況を構造的、概念的に捉え、事象や問題の本質を見極めるスキルです。

マネジメントレベルの低い層ではテクニカル・スキルが重要になりますが、マネジメントレベルの階層が高くなるほど、コンセプチュアル・スキルの重要性が増します(なお、ヒューマン・スキルはどの階層でも同じように求められます)。創業経営者として会社をここまで成長させた永守会長は、非常に高いコンセプチュアル・スキルを備えていると言えるでしょう。

「主観的な価値判断」を

しかし、コンセプチュアル・スキルを高めるだけでは、パンデミックに直面している「有事のリーダー」としては不十分です。リーダーシップ論の大家であるハーバード大学のジョン・コッター教授は、リーダーシップとマネジメントを次のように整理しています。

リーダーの役割は、組織をより良くするための変革を成し遂げることです。そのためには「進路の設定」「人身の統合」「動機付けと啓発」が必要です。会社の進路を設定するには、コンセプチュアル・スキルが生かされます。また、人身の統合や動機付けと啓発には、ヒューマン・スキルが生かされます。

永守会長はリーダーとしての人心掌握術に関する本『人を動かす人になれ』を出すほど、高いヒューマン・スキルを備えています。このように考えると、高いコンセプチュアル・スキルとヒューマン・スキルがあれば、コロナショックのような状況下でもリーダーシップを発揮できるように思えます。

しかし、私はこうしたスキルだけでは有事のリーダーとして不十分だと考えます。それは何かというと「主観的な価値判断」です。カントやウェーバーに詳しい慶応大学商学部の菊澤研宗教授は「主観的に価値判断して、それに対する責任がとれるかどうかがリーダーの条件」だと言います。

損得勘定と価値判断

企業活動の第一目的は利潤の獲得です。経営者に求められることは、企業の利潤を最大化することです。そのためには、損得勘定をして経済合理的に行動する必要があります。これはコンセプチュアル・スキルの領域です。マックス・ウェーバー(1864~1920)は、こうした行為のことを「目的合理的」行為と呼びました。

目的合理的な行為は、常に原因を自分以外に求めます。景気の悪化が長引きそうだから、コストカットのためにリストラをする。あるいは、新商品の売れ行きが良いので、工場のラインを増やして増産する、などです。こうした行為は因果論理に基づいており、動物や植物も同じように行動します。暑ければ木陰に隠れる、寒ければ洞穴に入るような感じです。

しかし、人間は因果論理だけで行動するわけではありません。コロナショックの影響で業績不振になっている会社の経営者にとって、コストカットのためにリストラしたほうが得をするとしても、あえてそれをしないという決断も可能です。これは損得勘定ではなく「価値判断」する理性の働きによるものです。ウェーバーはこうした行為を「価値合理的」行為と呼びました。これは自らの倫理観や美的な基準に従った行為です。そのため、人によって結論は同じではなく、時に自分が損をする決断をすることもあります。

他方で、目的合理的な行為は、合理的に「損得勘定」をする理性の働きによるものです。そのため、高いコンセプチュアル・スキルを持つ者ならば、誰しも似たような結論に至ります。

「価値合理的」が人心つかむ

ここで永守会長の言葉を引用しましょう。「どんなに経済が落ち込んでもリーマンの際は『会社のために働こう』と言い続けた。だが今回は自分と家族を守り、それから会社だと」「収益が一時的に落ちても、社員が幸せを感じる働きやすい会社にする」。こうした発言は、永守会長の倫理観から発せられるものだと感じます。これは損得勘定ではなく主観的な価値判断です。

ここでコッターのリーダーシップの定義を振り返ってみます。それは「進路の設定」「人心の統合」「動機付けと啓発」でした。価値合理的な行為は、社員の人心を統合し、動機づけ啓発することにつながります。特にコロナショックのような有事においては、主観的な価値判断が重要になるのです。自らの中に倫理的、美的な価値判断の軸を持たず、もっぱら損得計算で動くリーダーは、周囲の信頼を失うことになるでしょう。

かねこ・ひろあき
グロービス経営大学院教授。東京理科大学院修了。リンクアンドモチベーションを経て05年グロービスに入社。コンサルティング部門を経て、カリキュラム開発、教員の採用・育成を担当。現在、科学技術振興機構(JST)プログラムマネジャー育成・活躍推進プログラム事業推進委員、信州大学学術研究・産学官連携推進機構信州OPERAアドバイザー。

「カッツ理論」「リーダーシップ」についてもっと知りたい方はこちら(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

https://hodai.globis.co.jp/courses/b0ac9291

https://hodai.globis.co.jp/courses/27828b05

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