欧州のショッピング街、新型コロナで個性を取り戻すか
イタリア・フドウサン・リアル・エステート 河見一成社長

日経ビジネス
2020/5/1 2:00
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河見一成(こうみ・いっせい)氏。兵庫県出身、一橋大学商学部経営学科卒業。大学卒業後、2006年までメリルリンチ証券にて勤務し、主に金融派生商品・証券化商品のマーケティング等を担当。同年にイタリアのミラノにわたり、イタリア・フドウサン・リアル・エステートを設立。イタリアでも数本の指に入るハイストリートの店舗開発事業に特化した不動産会社に育て上げる

河見一成(こうみ・いっせい)氏。兵庫県出身、一橋大学商学部経営学科卒業。大学卒業後、2006年までメリルリンチ証券にて勤務し、主に金融派生商品・証券化商品のマーケティング等を担当。同年にイタリアのミラノにわたり、イタリア・フドウサン・リアル・エステートを設立。イタリアでも数本の指に入るハイストリートの店舗開発事業に特化した不動産会社に育て上げる

日経ビジネス電子版

世界でもいち早く都市封鎖(ロックダウン)が始まった欧州では、テナントである小売店や飲食店などの家賃が大きな問題になっている。営業禁止で売り上げが立たず、家賃の支払いが困難なため閉店するテナントもある。しかも、封鎖解除が見えてきたとはいえ、顧客の戻りは予想できず、今後も家賃支払いが事業継続上の障害になりそうだ。

一方で、家主にも事情がある。多くの物件を抱える大手不動産会社や機関投資家はまだ余裕があるかもしれないが、中小の家主にはローンを抱えていたり、家賃収入を生活費に回したりしているところもある。

そうした中、各国政府はテナントの支援に動き出し、様々な制度を設けた。ただ補償の範囲は限られるため、テナントと家主の間で激しい家賃交渉が行われている。パンデミックの震源地であるイタリア・ミラノを拠点に、欧州各地で商業不動産などの店舗開発を手がけるイタリア・フドウサン・リアル・エステートの河見一成社長に、家賃交渉の実態と今後の展望を聞いた。

――まず今のイタリア・ミラノの状況はいかがでしょうか。

3月は新型コロナによる感染者数と死者数の伸び方が尋常ではなかったので恐怖感がありました。あの友好的なイタリア人が通りで対面すると距離を取ろうとするぐらいですから。今はロックダウンの生活に慣れ、食事もデリバリーサービスを使うことがよくあります。

私は14年前にイタリアに渡り、不動産の仲介業を営んでいますが、当然のことながら経営でも初めての事態に直面しました。10人ほどのイタリア人社員と共に在宅勤務に移行し、最初はうまくいかないこともありましたが、今ではだいぶ仕事がはかどるようになりました。

――イタリアなど欧州ではロックダウン期間の延長が続き、アパレルや飲食店の家賃支払いが大きな問題になっています。

イタリアでは業種によっては3月8日から5月17日または5月末まで2カ月以上営業が禁止され、アパレルや飲食店は大きな痛手を受けています。営業禁止期間の家賃の支払いは遅れてもいいのか、ディスカウントは期待できるのか、中途解約はできるのか、など様々な議論が起きています。

3月末は多くの企業が4~6月分の家賃を支払うタイミングであり、 実際にテナントはいろいろな要望を家主に出しています。家主の同期間の家賃回収率は、30%以下ともいわれる異常事態です。

テナントから家主への交渉は、様々なパターンがありました。支払いを先延ばしする、通常は3カ月ごとの支払いを1カ月ごとに変更する、50%のみ支払い感染拡大の収束後に話し合いをする、などでした。4月上旬から、大手テナント各社は具体的な値引きなどの目標を定め、長期間の家賃交渉を始めています。

■ファストファッションは巨額家賃が負担に

――家賃交渉で特に厳しい立場に追い込まれている業界はどこでしょうか。

ファストファッション業界です。既に高い家賃と拡大し過ぎた店舗の家賃支払いが重荷になっていたうえに、ここ数年、ネット販売へ消費者が移行してきたこともあり、店舗開発戦略の変更を余儀なくされていた中、新型コロナによる休業が追い打ちをかけています。

業界大手であるスウェーデンのへネス・アンド・マリウッツ(H&M)や、ZARAを運営するスペインのインディテックスをはじめとするファストファッションブランドは、欧州各地で激しい家賃交渉をしています。家賃の支払いの差し止めや今後の家賃のディスカウント、1カ月ごとの分割払いなどあの手この手で交渉をしているようです。売り上げ連動の家賃を提案しているブランドもあるようです。H&Mはイタリアで7店舗の閉店を決定しました。

H&MやZARAが出店する英ロンドン中心部のリージェント・ストリート。4月下旬、ほぼすべての店舗が営業禁止となり静まり返っていた

H&MやZARAが出店する英ロンドン中心部のリージェント・ストリート。4月下旬、ほぼすべての店舗が営業禁止となり静まり返っていた

――欧州各国の都市部のショッピングストリートは、ファストファッションの巨大店舗が軒を連ねていました。新型コロナ後の街並みは大きく変わりそうですね。

はい。大きな変化が訪れると思います。まずショッピングストリートといっても様々なので、大きく3つに分けられます。

1つ目は、カジュアルファッションストリートです。ファストファッションやスポーツブランド、デパートが並び、一般的に最も人通りが多く幅広い顧客層がいます。2つ目は、高級ファッションストリート。高級ブランドが多く、顧客層は富裕層でその中でも観光客の富裕層の購買率が8割以上になります。3つ目がアフォーダブル・ハイストリートです。消費者の中でもこだわりの強い人、感度の高い人が集まる傾向があり、外国人観光客より地元民の比率が高くなっています。

その中で、劇的な変化が訪れそうなのがカジュアルファッションストリートです。この10年ほど日本を含む世界では、ファストファッションが席巻してきました。2008年のリーマン・ショックで消費者の財布の紐(ひも)が固くなったことが、成長を後押ししたのではないでしょうか。現状、ファッション業界で運営店舗数が最も多いのは、このカテゴリーです。

ただ、その後ファストファッションは雨後のたけのこのように世界でブランドが増え、市場拡大とともに各社が競うように都市のカジュアルファッションストリートや、郊外のショッピングモールに店舗を展開してきました。

そのため、急速に家賃が上昇し、彼らも血眼になって物件を探してきました。こうしたニーズを受け、大手不動産オーナーは売り場面積が最低でも2000平米以上の店舗を作るために、地下や2階をつなげて増床を続け、店舗サイズの巨大化に拍車がかかりました。5000平米を超える店舗もあります。結果として、店舗の月額家賃は巨額となり、ファストファッションの財務負担が重くなっています。

新型コロナによる営業禁止だけでなく、今後は大規模店舗に大人数がひっきりなしに集まるという店舗の経営が難しくなり、ファストファッションは巨額の家賃支払いを回避するために、ストリートの不採算店舗の見直し、また一部店舗を撤退する可能性があります。ロンドンのオックスフォードやミラノのコルソヴィットリオエマニュエーレ通りが最も空き室と家賃下落の影響を受けるのではないでしょうか。世界のストリートの景色は大きく変わると思います。

■救世主はイケアなどのガイドショップか

――現状の巨大な店舗を代替できる業態はあるのでしょうか。

救世主になる可能性があるのが、スウェーデンの家具大手イケアなどが展開するガイドショップです。これまでイケアは郊外に大型店を出店し、商品を購入した顧客が持ち帰るというビジネスモデルが中心でしたが、最近は都市に商品の注文を重視したショールームのような店舗を作っています。家具などを置くため一定のスペースが必要で、これがファストファッションの代わりになるかもしれません。

また大きい店舗面積を欧州の以前の標準店舗サイズ、300平米ぐらいに細分化し、実力のある新しいジャンルの小売店や飲食店が進出してくる可能性もあります。

――どこに行っても同じような店ばかりという街並みが変わるかもしれませんね。

この10年間は個性のない金太郎飴のような街並みに変わってしまっていました。消費者がゼロベースで商品やサービスを見るようになり、コストパフォーマンスが良い製品やサービスが評価されるのでしょう。ですから、決して悲観的な現象だけでなく、ポジティブな変化と捉えることもできます。

――他のショッピングストリートはいかがでしょうか。

高級ファッションストリートからお話しします。フランスのケリングやLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンに代表されるラグジュアリーブランドは傘下に数十のブランドがあるので、合計すると店舗数は膨大で、家賃負担は巨額になります。ロックダウン解除後も外国人観光客が急に戻ることは考えにくく、20年度の売り上げはそれなりの影響を受けるでしょう。

こうしたストリートの店舗不動産の家主は、ファミリー企業や基金、保険会社などが多いのが実態です。こうした家主は借入金が少なく、比較的資金に余裕があります。また、高級ブランドストリートは数グループで寡占状態になっていますので、それらとの長期間の付き合いを考え、柔軟に家賃の値引きに応じているようです。

近年で上がり過ぎたリテール不動産の賃貸価格には多少の下落はあっても、店舗の絶対数が少ない欧州高級ショッピングストリートに店を出したいという世界の新しいラグジュアリーブランドの野望が絶えることはないと思いますので、空き室が増えることはあまり想定できません。

■対面販売を好む客層の行き先

――一般の人は高級ファッションストリートに訪れることはあっても、買い物をする機会は限られています。もう少し値ごろ感のあるストリートの状況はいかがでしょうか。

それがアフォーダブル・ハイストリートで、最も底堅い需要があると予想しています。例えば、伊ミラノのブレラ、英ロンドンのショーディッチやメリルボーン、仏パリのマレ、東京であえて言うなら代官山のようなエリアです。

個性があり、コストパフォーマンスも妥当なブランドが多く、リテール展開も大掛かりにはやっていないのが通常です。消費者もこだわりの強い人、感度の高い人が集まる傾向にあります。また地元の客層が外国人観光客よりも圧倒的に多いのも特徴です。

また、家賃もこれまで触れたカテゴリーに比べるとかなり値ごろ感があり、物件の供給も多くありません。なぜなら、以前はハイストリートではなかったからです。そして、このエリアの消費者はネット通販にも満足せず、対面販売を好む層であり、ロックダウン後には真っ先に店舗へ買い物に行くと考えられます。そのため、このエリアは空き室が増えるどころか、今後、競争率が上がる可能性さえあります。このようなエリアが新規に今後生まれてくる可能性もあります。

■英国のファンドの家賃回収率は30%ほど

――足元の話に戻りますが、テナントは売り上げゼロのところもあり、資金繰りが大きな課題です。各国政府はどのような支援をしていますか。

イタリア政府はコロナ関連法において、店舗物件の登記がされている物件の家賃支払いについて優遇措置を設けています。20年3月の家賃については、家賃額の60%まで、将来支払うべき消費税や従業員の給与源泉所得税と相殺できます。これは、欧州各国では例がない措置です。4月の家賃支払いにも適用される可能性は高いと思います。

実質的に家賃の60%の負担が減免されるので十分な感じがしますが、テナントとしては今後の売り上げ減少を見越し、賃料の再交渉や支払い先延ばしをしているのが現状です。ただ、家主側からは支払い能力があるテナントも便乗してきているとの批判もあります。

また、店舗やレストランのみならず、すべての企業の従業員を対象に、特例で給与補助金庫からの給付を受けられます。企業の負担はなく、従業員は何もしなくても最長9週間、手取り80%ほどの給与を受け取れるのです。ですので、今のところ米国のような解雇はあまり出ておりません。その点では店舗経営者は、5月の再出発に向けて準備を整えやすい状況ではあります。

――世界のコロナ感染者数の上位6カ国のうち、欧州が5カ国を占めており、店舗の営業禁止が続いてきました。欧州各国では補助制度や家賃交渉はどのような状況なのでしょうか。

まず英国では6月末まで家賃の未払いを理由に、家主がテナントに退去要請することはできないという法律が施行されました。ロンドンのニューボンドやオックススフォードなどのカジュアルハイストリートは、テナントが家賃高騰についていけなくなり空き室が散見されており、今後数カ月はさらに10件中1件ほどが空き室になる可能性があります。

店舗物件やショッピングモールなどを多く抱える英国のファンドは、20年4~6月期の家賃回収率は30%程度といわれています。多額の負債を抱える不動産オーナーの中には、銀行への返済が行き詰まるところが出てくるかもしれません。

――ドイツやフランス、スペインはどのような補助制度がありますか。

ドイツ政府は家賃滞納による解約を禁止し、4~6月分の家賃に限り2年間支払いを猶予するルールを定めました。これはあくまでも中小企業や個人の店舗・レストラン経営者を守るのが目的でしたが、独スポーツ用品大手のアディダスが利用したことで批判を浴びました。政治家たちからも批判を浴び、アディダスは謝罪し支払いをしました。

スペインの政令はよく考えられています。年間売上高が800万ユーロ以下で休業店舗を抱える中小企業を対象に、ロックダウン以降の4カ月分の家賃を2年以内に払えるようにし、利子も免除しています。この場合の家主は、機関投資家や公的機関に限っており、中小規模の大家にも配慮しています。

またテナントの大企業が、家賃の支払いができない場合は、家主が預かっている保証金から当該家賃を充当し、テナントには1年以内に保証金の不足分を埋めることを求めました。

フランスでは家主が中小企業に対して、家賃の未払いを理由に強制解約、遅延利息の請求などはできないという法案ができました。

欧州各国で様々な補助制度がありますが、もちろんすべてのテナントが保護されるわけではありません。今後はテナントの優勝劣敗が鮮明になり、欧州のハイストリートの姿は大きく変わるでしょう。これまでの主役はカジュアルか高級かのワンパターンでしたが、コロナショックによって、今までハイストリートに出店できなかったブランドにもチャンスが生まれ、ストリートはより個性的になるかもしれません。出店するブランドや家主、さらに投資家は注意して市場の変化を見る必要があると思います。

(日経BPロンドン支局長 大西孝弘)

[日経ビジネス電子版 2020年4月28日の記事を再構成]

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