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スポーツ界、目標奪われた選手救う場を

編集委員 北川和徳

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1948年8月6日、東京・千駄ケ谷の神宮プールは大観衆で埋まった。敗戦国の日本が参加を認められなかったロンドン五輪の日程に合わせて、日本水泳連盟が日本選手権を開催したのだ。1500メートル自由形は優勝した古橋広之進と橋爪四郎がデッドヒートを展開、ともに五輪の優勝記録を40秒以上も上回った。

五輪との記録比べを意識した同大会を発案したのは当時の日本水連会長で、昨年のNHK大河ドラマ「いだてん」の後半...

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