/

岸惠子(6)恩師

数学の先生、説教と笑顔 「人生は短い。好きなことをやれ」

1948年4月、県立横浜第一女子高(現在の横浜平沼高校)に進学した私は演劇と舞踊のサークルに所属し、週3回、東京・銀座の交詢社ビルにあるバレエ教室に通った。川端康成先生の小説「花のワルツ」を読み、バレリーナになることを夢見ていた。

小園蓉子さん(左)と(新人女優の頃)

授業が終わると、同級生の田中敦子さん(後に女優の小園蓉子さん)と横浜駅に全速力で走り、東海道線の列車に飛び乗る。敗戦の爪痕がまだ癒えない時代。ちょっとした旅行に出かけるような夢をかき立てる日々だった。

私の超得意科目は国語だった。歴史や地理など社会科にも興味は持ったが、数学はゼロ、英語も苦手だった。英語教師は寒川神社のご令息でクラスの誰彼となく随意に指名し、英文を読まされる。

予習をしていない授業の日。「ミス、ミス……」と言いながら先生の視線が私に止まると、私はおなかに力を込めて先生をグッとにらむ。先生の視線がちょっとうろつき、「ミス、ミス……保谷」と隣の保谷さんを指す。

「割食っちゃうわ。あの先生、惠子さんのことがお気に入りなのよ」と嘆く保谷さんは「お姑(しゅうとめ)さん」というあだ名の面倒見の良い人だった。

私は早速、ノートをちぎって即席川柳をクラスに回す。

寒川や

ミス、ミス、ミスと

保谷(ほや)かしぬ

そんな私を支持する学友もいたが、逆に視線を斜めに滑らせ、女性の本性であろう嫉妬ともいえる敵がい心を隠さない学友もいた。国語の教師たちは私の文学に対する興味や作文をめでてくれた。

けれど大好きだった担任の数学の団先生には自宅に呼ばれて、こっぴどく叱られた。

「君は傲慢なんだよ。頭はすこぶる良い。他の科目も申し分ない。だから苦手な数学なんかやらなくて良いと高をくくっていないか? 君にできないはずがないのにやろうとしない。立派な根性だ」

憤っているのに諄々(じゅんじゅん)と諭す団先生の口調に私は声も出なかった。団先生はヒョロリと背が高く、長い顔にかかるボサボサ髪をうるさそうにかき上げる。目立ったところもないのに全生徒の憧れだった。

そんな団先生は学級委員をしていた私の答案用紙を返しながら、教壇の向こうから私の目をにらんで言った。

「今度の日曜日、僕の家に来てくれないか」

答案用紙の半分を白紙のまま提出し、数学でまたひどい点数を取ってしまったのだ。

自宅でのお説教は20分ほど続いた。ご母堂に出していただいたお茶にも手が出ず、スゴスゴと帰る私を玄関の外まで見送ってくれた先生が突然、苦しげにせき込んだ。振り返った私が見たのは先生の優しい笑顔だった。

「根性を通せ。君には多くの才能がある。好きなことをやれ。人生は短いんだ。苦手なものはやらなくていい」

「え?」

この日、私が出した初めての声だった。先生はほほ笑んだまま傾いた夕陽を背負って立っていた。

学生時代も、今も、数字というものにはなじめないでいる。その後、社会に出た私が心からお礼を言いたいと思った時、先生はこの世にいなかった。「人生は短いんだ。好きなことをやれ」と言った先生は胸を病み、あまりにも早く旅立ってしまったのだ。

(女優)

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

岸惠子

女優の岸惠子さんは横浜市で生まれ育ち、戦時中には空襲に遭い九死に一生を得ました。高校時代、同級生と一緒に見学に行った松竹大船撮影所でスカウトされてデビュー。佐田啓二さんと共演した映画「君の名は」で一躍国民的スターとなります。フランス人映画監督イヴ・シァンピさんと結婚して渡仏してからも離婚や辺境への旅など波瀾万丈の人生が続きます。

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン