EU、揺らぐプライバシー信仰(The Economist)

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2020/4/28 0:00
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欧州連合(EU)に公式な宗教があるとすれば、それはプライバシーだろう。EUの高官や政治家といった敬虔(けいけん)な聖職者は、EUのプライバシー法だけが救済に導くと説く。EUの一般データ保護規則(GDPR)や「eプライバシー指令」などの聖典は全世界が従うべき英知としてあがめられている。

イタリアなど欧州の国々はロックダウン(都市封鎖)の措置を取っており、当局による監視とプライバシーのあり方を巡っては議論が展開されていきそうだ=AP

イタリアなど欧州の国々はロックダウン(都市封鎖)の措置を取っており、当局による監視とプライバシーのあり方を巡っては議論が展開されていきそうだ=AP

EUのプライバシー規制の影響力は非常に大きいため、大半の国はこれに従っている。そして、規制に違反すると厳しい処罰が待ち受ける(全世界の売上高の最大4%という制裁金が科されるのだ)。だが、新型コロナウイルスの感染拡大で政策立案者らがロックダウン(都市封鎖)の解除方法を模索するなか、プライバシー信仰は試練にさらされている。

信仰の危機はかつての熱心な信者たちの間に広がっている。オーストリアの中道右派、国民党を率いるクルツ首相は「(プライバシーとコロナ感染防止は)トレードオフ関係にある」と言い切る。同氏は「我々にとってどちらが重要なのか。データ保護か、それとも日常生活を取り戻すことか。データ保護か、それとも命を救うことか」と訴える。

これまで信心深い大祭司だったドイツの政治家も同調する。ドイツのシュパーン保健相はウイルスの封じ込めにスマホの位置情報を使って感染経路を追跡するよう提案し、厳しい批判を浴びて撤回した。これはまるで(カトリックの最高指導者の)ローマ教皇が、説教の冒頭で(米公民権運動を主導したプロテスタントの)マーチン・ルーサー・キング牧師の言い分にも一理あると認めるようなものだ。

プライバシーより監視を重視する国や地域も

プライバシー信仰への異教徒が多い国や地域は、当局が積極的に監視をしてきた。香港への来訪者は、追跡機能付きの腕時計型端末の装着を義務付けられる。イスラエルは新型コロナに感染した疑いがある人を追跡するため、諜報機関に協力を求めた。韓国では、当局が感染者を特定するのにタクシーの領収書からクレジットカードの利用記録まで調べる。EUは今、安全と監視をどこで線引きすべきか検討している。

欧州が正しい道から外れるかどうかは法の問題というよりも政治の問題だ。EUの法律は厳格だが、公衆衛生上の危機の際の免除規定は、データ保護などのEU規制に盛り込まれている。だが、完全な自由裁量が許されるわけでは全くない。どんな場合でもデータを適切に利用し、危機が去れば措置を終えなくてはならない。

英米系法律事務所ホーガン・ロベルズの弁護士エドゥアルド・ウスタラン氏は、感染症のパンデミック(世界的な流行)に関しては、欧州のプライバシー法はサイドブレーキというよりもシートベルトだと説明する。各国政府は現状でも必要な目的を果たせるが、国全体の医療データがインターネット上に流出するなど、悲惨な事故が起きるリスクは減らせるという。

プライバシーへの介入をどこまで許容するかを決めるのは、欧州の弁護士ではなく市民だ。欧州各国政府の大半は、新型コロナ感染者に接触したかどうかを通知するスマホの追跡アプリを試している。だが、こうしたアプリは人口の大半がダウンロードしなければ効果を発揮しない。技術的にはどれほど創意に富んでいそうでも、大衆の同意がなければほとんど役に立たない。さらに先を行く国もある。例えば、ポーランドはアプリを使って新型コロナの感染者に隔離を強要している(隔離対象者は自宅にいるのを証明するため、自撮り写真を定期的に当局に提出しなくてはならない)。

EU市民の大半にとって、コロナ禍はEUのプライバシー信仰に伴うコストを企業ではなく自らが負う初の事例になるかもしれない。パンデミックの間、市民はずっと何週間も快く、時には渋々ながらも自宅にこもり、その間の自由を断念してきた。この事実上の長い外出禁止を経験した後では、自由のためにプライバシーを犠牲にしても構わないと思うようになるかもしれない。

トップダウンで追求されてきたEUのプライバシー保護

こうした選択が有権者に委ねられることはこれまでなかった。EUのプライバシー保護は長い間トップダウンで追求され、大企業からの強硬な反対には政治家や官僚が対峙してきた。政治家や官僚は監視技術を巡る議論に懸念を抱く必要はなく、市民のプライバシーを守るのだから市民から強力な支持が得られるはずだと考えがちだ。

EUがこの問題に熱心な背景には、高尚とはいえない2つの思惑もある。1つは、この問題でEUの力を域外にも発揮できることだ。厳しい基準とEUの巨大な市場とが相まって、巨大なグローバル企業に対してもEUのルールに従うよう権勢を振るえる。この現象は(EU本部のある都市名から)「ブリュッセル・エフェクト(効果)」と呼ばれる。大企業は世界の様々な基準に応じて事業運営するのではなく、他の国や地域よりも大抵は厳しいEU基準に合わせることで、むしろ手間や労力を省く。

もう1つの思惑は、この問題でEUが域内でも影響力を強められることだ。EUの規制がビジネスの実態に特化していたころは、欧州司法裁判所(ルクセンブルク)の判決で一般市民に利害が及ぶことはほとんどなかった。例えば、化学に関する規制は化学業界にしか影響しなかった。だが、データ保護などの規制は、ネットの閲覧習慣から表現の自由に至るまで市民生活の広範囲に及ぶ。しかも、裁判官が何かと介入してくる。

大半の欧州市民にとって、プライバシーを巡る議論はラテン語のミサと同じくらい難解だった。だが今回のコロナ禍で理解しやすくなる可能性がある。ポルトガルの欧州担当相を務めた作家のブルーノ・マカエス氏は、絶えず移り変わる市民の自由とテロ対策とのバランスと同様、健康とプライバシーとのトレードオフも世間の厳しい目にさらされるとの見方を示す。

コロナ禍が促すプライバシー問題への審判

規範はまだ確立されていない。EU規制の目玉であるデータ保護はかつて非常に難解だったプライバシーの問題を、(国防や外交など重要性の高い)「ハイポリティクス」の政策領域へと持ち込んだ。コロナ禍は有権者に、プライバシー問題で初めて実際に審判を下す機会をもたらしている。

欧州の政策立案者の間では既に不安の声が上がる。彼らは新型コロナの感染拡大が域内経済に壊滅的な打撃を及ぼし、死者が10万人近くに上り、さらなる大惨事が確実視されるより前でさえ、世界でのEUの地位を巡り懸念を抱いていた。完全な独裁体制でも「管理された」民主主義でも、他の統治体制の方がウイルスに有効に対処しているとみられれば、プライバシーに対する信頼は危機に陥りかねないからだ。

こうした状況では、プライバシーに対する崇高な熱意を捨て去ることになる可能性もある。基本的信念の1つを断念することで政治体制を守るのは、自滅的な行為に思えるかもしれない。だが、政治は結果が問われる。EU各国政府は厳しい監視システムを活用した国と明確に対比され、日常生活をどれほど早く復活させたかで評価されるだろう。歴然とした差が開けば、プライバシーの熱烈な信奉者でさえ信念を貫けなくなるかもしれない。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. April 25, 2020 All rights reserved.

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