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コロナ禍の今、イチローはなんと言うのか
スポーツライター 丹羽政善

2020/4/27 3:00
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新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)により、世界中の指導者の言葉に注目が集まるようになった。リーダーシップが問われる今、意外な能力を見せ、人を振り向かせる人がいる一方で、墓穴を掘り、失点続きの残念な人もいて、明暗がくっきり。

ただそれは、偶然ではなく、必然なのではないか。こんなときだからか。意表を突くような、あるいはふと漏らす言葉に人間性が際立ち、ちょっとしたやり取りから、逆境への責任感、覚悟の真偽が、残酷なほどはっきりとさらされる。

その差というのは、いったいどこから生まれるのか。

2001年4月2日、大リーグの初打席に立つイチロー=共同

2001年4月2日、大リーグの初打席に立つイチロー=共同

イチローが日米通算2000安打に迫っていた頃だから、2004年の春先のこと。記録へ一歩一歩近づくにつれ、周りがざわついてきた。ただ、01年にイチローがメジャーデビューした当時とは異なり、あのときがメディアスクラム状態による「圧」なら、このときは「静」。多くが気を使って距離をとった。

しかし、それはそれで、日常とは空気の流れが変わる。それを当の本人はどう感じ取っていたのか。ある日、そのことを尋ねると、イチローは言った。

「飲めないのに、飲み会に付き合わされている感じ」

記録の重みなど想像しようもないが、そこまで身近な世界へ落とし込んでくれるとわかりやすい。言い得て妙だったが、どこかシニカル。ただ、イチローはそんな表現を落語の考え落ちのような巧みさで操り、逆に感心させられた。

「ナンバ-ワンになりたい人だから」

ハッとさせられたことはこのときだけではない。08年、ダスティン・ペドロイア(レッドソックス)とシーズン最多安打のタイトルを213本で分け合った。最終戦を終え、そのことを問われたイチローは、こう言った。

「1番になりたかったですね」

シーズンを終えた安堵感はなかった。湧き上がる悔しさを押し殺して続けた言葉に強烈な胸の内をにじませた。「僕は、ナンバーワンになりたい人ですから。オンリーワンの方がいいなんて言っている甘い奴(やつ)が大嫌い、僕は」

ここだけを切り取ると、あの有名な曲を否定しているようにも聞こえるが、もちろん、歌われているのとは別世界の話である。「この世界に生きているものとしてはね。競争の世界ですから」。トップアスリートの性(さが)、彼らの孤独を垣間見た気がした。

自宅近くの公園で、笑顔でポーズをとるイチロー=共同

自宅近くの公園で、笑顔でポーズをとるイチロー=共同

さて、そんなイチローは、コロナ禍によってもたらされた価値観の変化に戸惑い、心に不安を抱える多くの人に向かって言葉を求められたら、なんと言うのだろう。メディアを通してメッセージを発することはないだろうが、かつて、こんなやり取りをしたことがあった。

12年3月、マリナーズは日本で開幕戦を行うことになっていた。その開幕戦を大リーグ機構は、東日本大震災の復興支援イベントと位置付けた。寄り添うというよりは、体よく利用したように映ったが、そのスタンスについて問うとイチローは、「それ(復興支援)は目的にはできない。人の心を動かすとか、勇気を与えるとか、感動を与えるとか、よくあるフレーズですけど、それが目的となったら無理」と、大リーグ機構の関係者が聞いていたら、ひっくり返りそうなことを言った。

無理を自覚することで生まれる可能性

便利なフレーズではある。角が立つこともない。しかし、「そんなの与えられるわけがない」とはっきり否定している。「そうなるとしたら結果としてそうなるだけ。目的としている人は、その目的を絶対達成できない。だから僕はそんな思いは持てない」

圧倒されたが、野球が持つ力が何を示せるのか、という問いに対しても、「示そうとすることもそれに値する」と言って、続けた。

「示そうとすることが示されることはない。結局、受け手側がどう感じるかの問題ですから。受け手側が何かを感じたとしたら結果的にそうなったといえるだろうし、ただ、やる側がそれを目的としてやって、受け手側にそれが伝わることなんてない」

おそらくイチローは、どこか気取った「野球の力」といった言葉が好きではない。安易にかざすのではなく、人の心を動かしたいのなら、無理を自覚することで、唯一、その可能性が生まれる――。そう、イチローは言いたかったのだろうか。

その立ち位置が変わるとは思えず、よってイチローが今、「頑張ってください」とか、「耐えましょう」とか、ありふれた言葉でエールを送ることは想像できないが、意外にシンプルでも、多くの人の心に届くのではないか。

同じ言葉でも誰が言うかによって響くかどうかが変わってくる(取材に応じるジーターCEO)=AP

同じ言葉でも誰が言うかによって響くかどうかが変わってくる(取材に応じるジーターCEO)=AP

響くかどうかは、言葉だけではない。14年に引退したデレク・ジーター氏(現マーリンズ最高経営責任者=CEO)について、イチローがこう話したことがあった。「同じことを言っても、意味が変わるだけの蓄積がある」

何を言うかではなく、誰が言うか。「ジーターの場合、やっていることに言っていることが伴っている。だから、人の心が動く」

ジーターという言葉をイチローに置きかえても、決して収まりは悪くない。

イチローフィールド 野球を超えた人生哲学

出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,650円 (税込み)

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