谷岡漆芸の紀州漆器 耳澄まし研ぐ 自然な趣
匠と巧

2020/4/27 2:01
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漆で描いた模様に金銀粉を振りかけ、漆器を装飾する「蒔絵」=玉井良幸撮影

漆で描いた模様に金銀粉を振りかけ、漆器を装飾する「蒔絵」=玉井良幸撮影

紀州漆器は和歌山県北部にある海南市の伝統工芸として知られる。江戸時代、紀州藩に保護されて生産が盛んになり、福島県(会津塗)、石川県(山中塗など)と並ぶ漆器の三大産地となった。同市北部には「和歌山県漆器商業団地」がある。

団地に工房を構える老舗が「谷岡漆芸」だ。2015年には当時皇太子だった天皇陛下が訪れ、工程を見学されたこともある。谷岡公美子さん(51)は同工房の5代目。10年に和歌山県で女性として初めて伝統工芸士に認定された。

朱塗りの表面を炭で削り、下塗りの黒漆を模様として浮かび上がらせる「研ぎ出し」

朱塗りの表面を炭で削り、下塗りの黒漆を模様として浮かび上がらせる「研ぎ出し」

谷岡さんの漆器の特徴は、朱塗りの表面に下塗りの黒漆が浮き出た「研ぎ出し」だ。かつてこの地方の漆器で朱塗りが摩滅して下塗りが露出したのが、かえって「趣がある」と喜ばれたのが始まりとされる。

谷岡漆芸では朱塗りをこすり取り、研ぎ出しを人為的に作り出す。いかに自然に使い込んでできたかのように見せるかが漆芸家の腕の見せ所だ。作業台の前に作務衣(さむえ)姿で座った谷岡さんは、水でぬらした炭で漆器の表面をこする。力を入れすぎると傷がつくため、微妙な力加減が必要だ。

うまくこすっているかどうかは音で分かるという。「下手な人の音はキキッとひっかいたような音が出る。うまい人の音は柔らかい」(谷岡さん)。数回こすっては表面を確かめ、またこする。目・耳・手の感覚を研ぎ澄まして慎重に作業を進めていく。

谷岡さんは塗りと蒔絵(まきえ)の両方の技術を持ち、「総合部門」で伝統工芸士に認定された。伝統的な漆器の場合、漆職人や蒔絵職人など専門分野が分かれており、総合部門の認定は珍しいという。谷岡さんは両技術を兼ね備える強みを生かし、ピアスなどの装飾品にも力を入れてきた。伝統工芸でもこうした新しい分野の需要が大きくなり、工房の販売でも今や半分を占めている。

谷岡さんの父親も伝統工芸士だ。もともと漆器に興味はなく、跡を継ぐつもりはなかった。経済を学びに大学院にも進学した。しかし友人から漆器について質問されてうまく答えられなかったことが契機となり海南市の後継者育成事業に参加、紀州漆器の奥深さを知った。

「このまま技術をなくすわけにはいかない」。20代で漆芸の修業を始めた。「漆は生き物。日によって状態が違うので、手間はかかるがおもしろい」と漆を扱う魅力を話す。

しかし伝統工芸の前途は厳しい。谷岡漆芸の東京の販売拠点も購入者の9割を外国人が占める。谷岡さんは日本人に少しでも魅力を知ってもらおうと全国でイベントを開き、普及に努めてきた。伊万里・有田焼や甲州手彫印章などとコラボした作品を制作するなど、伝統の枠を超えた作品にも取り組む。

こうしたイベントも現在は新型コロナウイルスの影響で次々中止となっている。だが谷岡さんは「他の分野の女性伝統工芸士と強いネットワークができている。今後は女性伝統工芸士がコラボした新しい作品を生み出したい」と新型コロナ終息後を見据える。

(細川博史)

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