森光子生誕100年、最晩年の気迫たどる新書

2020/5/1 2:00
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「放浪記」の一場面

「放浪記」の一場面

8年前、92歳で亡くなった女優、森光子の生誕百年を記念し、舞台にかけた情熱に光をあてる書物が刊行された。NHKでドキュメンタリー番組を制作した川良浩和の「森光子 百歳の放浪記」(中公新書ラクレ)で、最晩年の鬼気迫る女優の気迫をたどる貴重な記録だろう。

川良は2005年にNHKスペシャル「森光子『放浪記』大いなる旅路」を制作して以来、森の奮闘を映像で追い続けた。生涯の当たり役だった「放浪記」(菊田一夫台本)の林芙美子役が上演2000回に達した2009年の誕生日(5月9日)には、スタジオで生放送の特集番組をつくっている。体調の落ち込んだ女優が89歳の誕生日に向け、奇跡的に復活していく軌跡がリアルだ。

「放浪記」2017回千秋楽

「放浪記」2017回千秋楽

風邪で体力を落とした森は2000回の手前、地方公演でせりふのキレをなくした。演出の北村文典や共演者の山本学を心配させ、観劇した黒柳徹子はせりふに異変を感じた。せりふは押し出すものなのに、吐く息で言っていたという。黒柳には「すごくさびしい」ともらした。その後も座った演技の最中、ころっと後ろに倒れた日があった。森は「細いものの上を危ない脚で立ってきた」と長年の上演を振り返っていた。ところが東京の帝国劇場公演のための稽古場に現れたとき、「ただいま!」の一声は別人だった。森はせりふの語りだしのキーをいつもより高くするという演技の計算をひそかに準備していた。

2017回まで「放浪記」は続演し、翌年も90歳で挑戦することになっていたが、体調不安から中止になった。自分のさびしさをわかってくれるのは90歳まで舞台に立った杉村春子だけだと話し、誰にも渡さず演じ込んだだけに落ち込みようは尋常でなかった。「おもろい女」も含め森の持ち役は藤山直美や仲間由紀恵に引き継がれたが、濃厚な昭和演劇がどう引き継がれるか、これからも注目されよう。

(内田洋一)

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