ウォルマートを従業員遺族が提訴 米国でコロナ訴訟

日経ビジネス
2020/4/24 2:00
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従業員の遺族がウォルマートに対して起こした訴訟は、エッセンシャルワーカーが提訴する初めてのケースとされる=AP

従業員の遺族がウォルマートに対して起こした訴訟は、エッセンシャルワーカーが提訴する初めてのケースとされる=AP

日経ビジネス電子版

新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない米国で、都市の閉鎖中に人々の生活を支える「エッセンシャルワーカー」の反乱が活発になっている。米アマゾン・ドット・コムの倉庫に勤務する従業員が、新型コロナ対策が十分でないとして2020年3月下旬~4月初旬に2度の抗議運動を起こした。

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そんな中、ついに訴訟に発展するケースが出てきた。イリノイ州エバーグリーン・パークにあるウォルマートの店舗に勤務していたワンド・エバンス氏(51歳)が3月25日、新型コロナウイルスに感染して死亡した。これを受け、兄弟のトネー・エバンス氏が4月6日にウォルマートと店舗が入る施設を所有する会社を提訴したのだ。

対象は企業ではないが、4月20日にはニューヨーク州の看護師の労働組合「ニューヨーク州看護師協会」が、防護具などを十分に用意せず感染拡大を助長したとしてニューヨーク州と州内の2病院を提訴。アマゾンでも、カリフォルニア州ホーソーンの倉庫で働いていたジェラルド・トゥザラ氏(35歳)が3月下旬、同社の従業員として初めて新型コロナに感染して死亡した。アマゾンの例は訴訟には発展していないが、多くの企業で訴訟リスクが高まっている。

■「発症者がいても隔離なかった」と原告

ウォルマートでは何が起こったのか。死亡したエバンス氏は、夜間に在庫を補充する従業員として15年間、ウォルマートの店舗に勤務していた。3月23日に勤務中、新型コロナ感染症のような症状が出たためスーパーバイザーに伝え、帰宅した。その2日後、自宅で死亡しているのが発見された。

訴状によると、エバンス氏と一緒に働いていたフィリップ・トーマス氏も新型コロナ感染症で3月29日に死亡している。2人が死亡する前から、同じ職場で働く従業員の数人に新型コロナ感染症のような症状が出ていたという。

原告側の主張では、店舗の管理者は従業員数人に新型コロナ感染症のような症状が出ていたことを知っていた。にもかかわらず、該当する従業員を隔離したり、そのことを他の従業員に知らせたりせず、店舗の営業を停止して消毒するなど、連邦政府や米疾病対策センター(CDC)のガイドラインに従った行動を取らなかったという。これが故意の不正行為であり、過失に当たるとしている。

また原告側は、死亡した2人が新型コロナに感染したのは店舗内だ、とも主張している。被告の過失がなければ、遺族は葬儀代などを払わなくて済んだとし、訴状には「クック郡巡回裁判所が限度とする(3万ドルの)損害賠償金を越えて請求する」とある。

■ウォルマート側は「消毒など適切に対応」と主張

本件についてウォルマートにコメントを求めたところ、同社のスポークスパーソン、ランディー・ハーグローブ氏は「エバーグリーン・パークの店舗で2人の従業員が亡くなったことについて心を痛めており、ご遺族とともに喪に服します」とした上で、同社の主張を次の通り説明した。

店舗内の主要エリアについてはこれまでも十分な洗浄と消毒を実施してきた。新型コロナの問題が起きてからは、さらに念を入れるため外部の洗浄会社を雇い、人の手が多く触れるモノ、例えば入り口やカート、レジ周辺、トイレ、食肉などが並ぶ生鮮食品エリアなどの洗浄・消毒をしている。

また顧客と対面するレジにガードを設置し、顧客がソーシャルディスタンスを取るための目印を床に描き、一度に店内に入れる顧客の数も制限してきた。今後は、勤務する従業員の体温チェック、従業員にマスクや手袋を配布するなど、対策の強化に努めていく。

そして最後に「当社はこの問題を真摯に受け止め、裁判所で適切な対応をしていく」と結んだ。

■感染場所が「店舗」と言い切れるか

日本でも一部小売店で従業員によるストライキが起きているとみられる状況がSNS(交流サイト)で話題になるなど、こうした事態はひとごとではなくなってきた。未曽有の危機の中、こうした訴訟リスクを回避するために企業はどう備えればいいのか。バージニア州のリッチモンド大学ロースクールで大規模不法行為(多くの人に影響を与える不法行為)を教えるカール・トビアス教授に、ウォルマートの訴訟が抱える争点と企業が備えるべきポイントを聞いた。

トビアス教授によると、この訴訟の最大のポイントは原告側が「エバンス氏がどこで新型コロナに感染したか」を証明することにあるという。そもそも感染場所が店舗でなければ、それが原因で死亡したとは言えないからだ。

トビアス教授の見解は「不可能ではないが、証明するのはとても難しい」というものだ。「新型コロナのウイルス感染は店舗でなくても、勤務先に向かう途中など、どこででもあり得る。裁判では感染場所を特定する必要があり、この証明は、不可能ではないがとても難しいものになるだろう」と説明する。

この点については、マカフィー・アンド・タフト法律事務所のジェーソン・マックビッカー弁護士も同意する。ただ、「エッセンシャルワーカーを雇う企業は(他の企業に比べて)法廷でより深く検証されることになるだろう」と見る。

というのも、都市が閉鎖状態にある中、食料品店やガソリンスタンドなどで働く人たちは明らかに、他の人たちよりも大きな感染のリスクにさらされているからだ。

では、具体的にどうすればいいのか。

■対策をあらかじめ導入していたかが争点

1つは、州や連邦政府、今回の新型コロナの件で言えばCDCなどが提唱するガイドラインに基づき、店舗でしっかり対策を導入できていたかどうかが重要だという。トビアス教授によると、大きく下記の3つがポイントになる。

・感染者が出た後の洗浄や消毒をCDCなどのガイドラインに基づき実施できていたか

・感染者を確認したらすぐに全従業員に連絡して注意を促し、感染者を自宅などに隔離したか

・職場の環境をCDCなどのガイドラインに基づき安全に維持できていたか

マックビッカー弁護士によると、これらに加え、その企業が所属する特定の業界が個別に設定するガイドラインにも従っておくといいという。例えば、同様の訴訟は病院や工場などでも起こり得る。そうした場合は店舗とは異なる対応が必要になるため、業界に合った行動を取ることが肝要だ。

さらにガイドラインが出たら、期間をおかずに実施するのも重要だ。対応前に感染者が出た場合、裁判で負ける可能性が高まる。

ではこういったエッセンシャルワーカーの職場だけが訴訟の対象になるかというと、そうとは言い切れない。いわゆる「ホワイトカラー」といわれるような職種でも場合によっては対象になり得る。

■出張で感染なら「会社の過失」?

例えば、取引先と対面で会議をするため出張をしたり、仕事で展示会などに出席したりした場合だ。その仕事の最中、あるいは移動中に感染したとしたら、同様に提訴されてもおかしくない。

トビアス教授は「新型コロナの感染拡大の状況と、経済再開をいつするかのタイミングにもよる」と前置きをしながらも、「状況によっては裁判になる可能性はあり、その場合でも会社側が社員を守るために適切な対応をしたかが問われる」と説明する。

都市の閉鎖で需要が止まり売り上げは激減、固定費だけがかさみコストも急増という2重苦にあえぐ企業が多い中、さらに訴訟リスクが追い打ちをかけようとしている。

「企業には今、たとえ短期的なコストは増えても従業員や顧客の安全を最優先する姿勢が求められている。人材を失ったら、たとえ経済が再開しても企業は生き残れない」とはトビアス教授。利益を失ってでも、従業員と顧客を守る長期的な視点が問われている。

(日経ビジネス 池松由香)

[日経ビジネス電子版2020年4月22日の記事を再構成]

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