年金不安、高齢者の増加と社会の豊かさは無関係
慶大商学部教授 権丈善一×社労士 井戸美枝(下)

2020/5/7 2:00
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社会保険労務士でファイナンシャル・プランナーとしても活躍する井戸美枝氏が、老後資金づくりの考え方に関する決定版ともいえる書籍『一般論はもういいので、私の老後のお金「答え」をください!』(日経BP)を出版した。これを記念して、同書に収録された権丈善一教授との年金対談の章を2回に分けて公開する。後半の今回は年金負担の「胴上げ型」から「肩車型」への変化を取り上げる。

【関連記事】年金不安で「カモられない」ために知っておくべきこと(上)

権丈善一氏

権丈善一氏

権丈 今から10年くらい前、「年金破綻論」が日本を席巻しました。サザンの桑田佳祐さんが当時リリースした歌に年金制度について嘆く一節があった(2011年2月にリリースされた『MUSICMAN』に収録の曲『現代人諸君!(イマジンオールザピープル)』)くらい、年金破綻ってのが、どうも一般的でした。

あの頃は年金の危機を煽る本が立て続けに出版され、その内容は問題の多いトンデモ本の類だったのですが、これらの本の煽りに便乗した一部のテレビや週刊誌が「年金はいずれ破綻するから65歳よりも前にもらい始めるべし」と書き立てていました。

井戸美枝氏

井戸美枝氏

真面目に勉強している記者たちは「そんな話に乗っちゃダメ」という記事を書いてくれてたけど、不安をあおる声の方がどうしても取り上げられるから、みんなの記憶にはそうした話が残っていると思う。

井戸 年金を65歳より早く受け取り始めれば、その分、年金は減額され、将来もずっと減額されたままという仕組みが分かっていて「早くもらう」選択をしたならいいですけれどね……。年金の受け取り開始は60~70歳(22年4月以降は75歳までの予定)の間から自由に選べることはぜひ頭に入れておきたいです。

一方、若い世代には、少子高齢化で高齢者を支える現役世代の人数がどんどん減り、少ない人数で高齢者の年金を負担しなければならなくなるという不安があります。1980年代は現役世代7.4人で高齢者1人を支える「胴上げ型」社会でしたが、現在は現役世代2.2人で高齢者1人を支える「肩車型」社会になりつつある。この変化は劇的で、「将来、本当に年金をもらえるんですか」という疑問もここから出てきていると思います。

ただし、前提として高齢者を「65歳以上」とすることが現状に合っていないとも感じます。65歳以上で働いている人の率は既に男性で3割、女性で1.5割を超えていますし、5年連続で伸び続けていますから。

■高齢者の割合が増えると貧しくなるという誤解

権丈 「胴上げ型」と「肩車型」の比較は、年金制度の不安の根拠としてよく取り沙汰されますが、就業者1人当たりで見ると、過去も現在も、そして未来もほとんど変わらないんですよね。僕はずっとそう言ってきたんだけど、そんな話以上に、そもそも「胴上げ型」社会だった80年代の日本と、「肩車型」社会の今の日本で、暮らしはどちらの方が豊かですかっていうことを考えたらいいですよね。

20~30代の読者の人たちはお父さんお母さんに聞いてほしいけど、僕らが大学生だった80年代、つまり「胴上げ型」社会の頃は、下宿は4畳半から6畳に変わろうとしていた頃で、共同トイレに銭湯通いが普通。僕も今からみればそうした学生の一人でしたけど(笑)。一方、「肩車型」社会に近い近頃の大学生は6畳、IH調理器、シャワー付きは当たり前でしょ。この40年で日本全体が豊かになったからこそです。

つまり、高齢者と現役世代の割合が「胴上げ型」か「肩車型」かと、社会の豊かさには関係がないんです。それにそもそも、年金の長期試算には人口要因はとうの昔から織り込まれています。大切なのは、「年金がいくらもらえるか」よりも「老後にどんな暮らしが送れるか」ですよね。だとすると問題は、高齢者と現役世代の比率ではなくて、経済成長率でしょうね。日本の(実質)1人当たりのGDP(国内総生産)の伸び率を見ると、80年代から今まで基本的に右肩上がり(上のグラフ参照)で、米国や西欧なんかと比べても遜色ない伸びを示してきました。ゆえに生活は豊かになった。高齢者の比率が高くなる=貧しくなるではないよね。

■日本人は5~10歳若返っている!

井戸 80年代の学生生活、私も実感としてよーく分かります(笑)。直近の厚生労働省の試算では、若い世代の年金不安は、長く働き続けることで解決するという試算結果も示されました。

権丈 例えば今20歳の人が68歳9カ月まで働き続ければ、現在の年金受給世代と同じ所得代替率(現役男子の手取り収入に対するモデル世帯の年金額の割合のこと)の年金を受け取れます。経済前提が少し良ければ66歳9カ月とも試算されています(経済前提ケースIII、人口前提:中位推計)。

「ええーっ、そんな年齢まで働くの」って思うかもしれないけど、40年後の未来ですからね。既に現状でも65歳まで働くのが当たり前になっていますから、40年先くらいまでには70歳まで働き続けられるような社会システムに変えることはそう難しくないんじゃないかな。

日本老年学会・老年医学会は、「客観的・科学的に見て日本人は5歳から10歳は若返ったんだから、75歳からを高齢者とするべきだ」と高齢者再定義の提言もしています。これから「ワークロンガー」の動きは本格化するんじゃないでしょうか。心身共に元気なのに、65歳を過ぎたから社会参加の機会がないってのも寂しいですから。

■女性の低年金がシングルマザーの貧困にも

井戸 年金制度、私がぜひ変わっていってほしいと思うのが、女性の年金額の低さです。原因は女性の非正規雇用比率が高いこと。そして会社員や公務員の被扶養者だと、雇用されていても年収106万円までなら厚生年金に加入しなくていいという制度があるゆえです。

権丈 まさに改善していかなければならない点ですよね。女性の非正規雇用比率は年齢が高くなるにつれて上がり(下グラフ参照)、その結果、厚生年金保険の加入率が下がってしまいます。

これは、日本では子育てなどで一度労働市場から離れてしまうと、正規雇用に戻ることが難しいからです。このあたりは妻、権丈英子(亜細亜大学経済学部教授)が書いた『ちょっと気になる「働き方」の話』(勁草書房)に詳しいのですけど、先進国では極めて特殊です。本来パートタイマーとは短時間労働者であって、非正規雇用とは限らないし、被用者の社会保険から外されるなんてこともない。

会社員・公務員の妻が扶養を受けられる範囲で働く、いわゆる「専業主婦の壁」は、若い世代の意識の変化で自然に消えていくと思うけれど、女性に非正規雇用が多く、結果的に厚生年金から閉め出されていることは改善が必要です。非正規雇用ゆえに働いている間の賃金が低く、結果的に老後の年金額も低くなってしまう。シングルマザーの貧困、子どもの貧困にもつながっています。

井戸 ずっとシングルだったり、フリーランスだったりと、生き方がどんどん多様化しています。それによって生まれる不確実性に対応できる社会保険制度にしていかなきゃならない。

■「お互いさま」って助け合うのが年金の基本

権丈 僕は「年金の支え手を増やす」っていう言葉が嫌いなんです。だってこれ、ウソだもん。年金は別に人を支えるための制度じゃない。若くても病気で働けなくなることがあるかもしれない。思っていたより長生きして、老後の預貯金が足りなくなるかもしれない。みんなリスクを抱えて生きている。公的年金という大きな助け合いの制度の仲間に入ることは「自分のため」。だから「お互いさま」って助け合う公的年金保険に、より多くの人たちに入ってもらいたいんですよね。

井戸 なんだか年金制度がいとおしくなってきました(笑)。

(イラスト/こつじゆい)

一般論はもういいので、私の老後のお金「答え」をください!

著者 : 井戸美枝
出版 : 日経BP
価格 : 1650円 (税込み)

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