年金不安で「カモられない」ために知っておくべきこと
慶大商学部教授 権丈善一×社労士 井戸美枝(上)

年金
社会保険
2020/5/6 2:00
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社会保険労務士でファイナンシャル・プランナーとしても活躍する井戸美枝氏が、老後資金づくりの考え方に関する決定版ともいえる書籍『一般論はもういいので、私の老後のお金「答え」をください!』(日経BP)を出版した。これを記念して、同書に収録された権丈善一教授との年金対談の章を2回に分けて公開する。

権丈善一(けんじょう・よしかず)
慶応義塾大学商学部教授。厚生労働省の社会保障審議会年金部会の委員を務める。社会保障国民会議、社会保障制度改革国民会議の委員、社会保障に関する教育推進検討会の座長等を歴任し、年金をはじめ社会保障制度の在り方についての議論をリードする。著書の『ちょっと気になる社会保障』シリーズは年金のプロにとってもバイブル的な一冊。


井戸美枝(いど・みえ)
ファイナンシャルプランナー(CFP)、社会保険労務士。経済エッセイスト。社会保障審議会企業年金・個人年金部会委員。確定拠出年金の運用に関する専門委員会委員。講演や執筆、テレビ、ラジオ出演などを通じ、生活に身近な経済問題、年金・社会保障問題について解説している。近著に『定年男子 定年女子 45歳から始める「金持ち老後」入門!』(日本経済新聞出版社)など。

井戸 働く女性向けにお金のセミナーをすると、終了後によく聞かれる質問が「老後のために個人年金保険に入るべきですか」というものです。

実際、「日経ウーマン」が2019年に行った読者調査でも、個人型確定拠出年金(iDeCo)より個人年金保険の加入率が高いという結果が出ていて、ショックを受けました。老後資金づくりを支援するために国がつくった税制優遇制度より、民間の保険商品が選ばれている。老後のお金の準備について知られていないことがいっぱいあるなあ、基本から伝えたいなあと思ったのが今回この本を書いたきっかけです。

権丈 井戸さんが以前の著書で、「老後が不安だからっていきなり金融機関に行かないこと」って書かれていましたけど、その通りなんでしょうね。とは言っても銀行とか保険会社に「『公的年金なんてあてにならない』なんて脅すなよ」と言ってもムリだよね。だから「何も勉強しないで金融機関の言うことをそのまんま信用すると、損しかねないよ」という話は僕もします。

井戸 いきなり直球がズバッと来ましたね(笑)。権丈先生は日本の社会保障に関する研究で優れた実績を上げ、長年、年金制度改革に関わっていらっしゃる。歯に衣(きぬ)着せぬ論調で、お金のプロやジャーナリスト、金融ブロガーにファンがたくさんいます。そんな先生にあえて改めて質問です。日本の年金制度、崩壊しないですよね?

■ナポレオンでも年金制度はなくせない!?

権丈善一氏

権丈善一氏

権丈 ハイ、しません。どう考えてもこの国が存在する限り、崩壊はありえない。公的年金保険を最初につくったのは1880年代のドイツですが、以来、国民が払った保険料の拠出記録をチャラにできるだけの強い権力を持ったリーダーなんて出てきていないですね。人々が抱く将来不安を抑えておくことは統治の要だし、しかも拠出履歴が残る保険方式で制度をつくっているわけですから。たとえカエサルでもナポレオンでもやらなかっただろうし、やろうと思ってもできなかったんじゃないかな。彼らの時代に、年金保険はないけどね(笑)。

井戸 日本の年金制度はなくならない。ただし、国民全員が年金だけで老後に豊かな生活をできるかというと、難しいですね。現役時代の働き方や家族構成にもよりますが。年金という社会保険制度の目的は、あらかじめ保険料を出し合ってリスクに備える「防貧」ですから。

権丈 例えば「生活に困らない金額を支給する」というのは、聞こえはいいけど、実態がどんなものか漠然としていますよね。生活保護の場合は、「ミーンズテスト(資力調査)」を行って、人々の生存権を保障することができる金額を個々に決めています。病気の人もいれば、障害を持っている人もいる。東京に住んでいる人もいれば、地方に住んでいる人もいる。そういうひとりひとりの状況に応じて、生活に困らない必要額を決めているわけです。

先ほど井戸さんは、「社会保険の目的は防貧」とおっしゃられました。まさしくその通りで、生活保護が貧困に陥った人を事後的に救う「救貧」の制度なのに対して、社会保険制度である年金は、貧困に陥ることを事前に防ぐ「防貧」、つまりは「保険」なんです。

井戸美枝氏

井戸美枝氏

井戸 年金というとつい老後のことばかり考えてしまいますが、病気やケガで働けなくなると「障害年金」によって年金を早くもらうことができます。一家の大黒柱が早く亡くなった場合には残された家族のための「遺族年金」がある。まさに保険ですね。

■若い時は「年金制度なんて」と思っていても…

権丈 年金制度は老後の暮らしのためのブースター(補助的な推進装置)だと考えたらいいと思います。年金制度がなく、定年後の生活費をイチから自分でつくらなきゃならなかったら嫌になってしまうでしょう。人間ってゴールが達成可能な時は頑張るけど、そうでない時はなかなか頑張れない、けっこういとおしい生き物なんですね。

40~50歳になったときに、「えっ、既に老後に年金がこのくらいあるんだ。だったら、後、このくらい頑張ればいいんだ、それって可能かも」と思えてくる。

20~30代で老後のことを計画的に考えるのはやっぱり難しいですよ。そのため、公的年金という「若い時から保険料を払わされる制度」がなかった時代には、多くの高齢者が貧困に陥ってしまっていました。そこで、「若い時から加入しなければならない制度」として年金制度がつくられたわけです。

多くの人の話を聞くと、若い時には「嫌だなぁ、何でこんな制度があるんだよーっ」と不満たらたらで保険料を払っていても、ある年齢になると、「おっと、公的年金があってよかったぁ」と思えるようになったりするみたいなんですよね。人間って、どうもそういうものみたいです。

40~50代になったら、自分のライフスタイルに合わせて年金だけでは足りない分は自分で準備するか、逆に準備が可能な分に合わせてライフスタイルを徐々に調整していくのも大いにありですね。鍵は、どれくらい長く働こうかということかな。

僕は今58歳ですが、将来仮に長生きしても、終身という死ぬまで保障される年金があるという安心感に基づいてライフプランを立てています。万が一、もらう前に死んだっていいんじゃないかな。保険なんだし(笑)。ほんっとそのあたりは分からない。

■公的年金の基本は保険、助け合い

権丈 付け加えれば、公的年金は「プライベートに親を扶養する仕組みを社会化したものである」という観点も重要です。他界した親は年金を受け取っていましたから、子どもの僕は親の生活費をさほど心配せずに済みました。もし親が無年金だったら、ちょっとつらかったかな。

公的年金保険という制度の中では、縦横無尽にお金が移転しています。僕の親の扶養を、僕以外の多くの人が助けてくれていたとも言えるし、僕も今、保険料を払って同じ役割を果たしています。公的年金の基本は保険ですし、助け合いです。長生きすれば、協力した分、保険料を多く払った人には、それに応じた見返りもあるわけです。

■年金を遅く受け取り始める効果は絶大

井戸 公的年金の額を自力で増やす方法もぜひたくさんの人に知ってもらいたいです。この本では3つの方法と効果を紹介し、年金がどれだけ増えるかの試算もしていますが、特に効果が大きいのが、年金の受け取り開始を65歳より遅くすることです。

権丈 大騒ぎしていた「老後、年金以外に2000万円が必要」なんて、年金の受け取り開始を70歳にすれば、年金額が約1.4倍になるから、試算上、老後の家計は赤字から黒字に転じる(上グラフ参照)。これからは、退職した後、繰り下げて公的年金を受け取るまでの中継ぎとしてiDeCoなんかを利用する感じになるだろうし、民間の金融機関もそうした商品を開発してもらいたいですね。

井戸 年金制度の中身をきちんと知って、お得な制度は賢く使うこと。知識を持たないと損しちゃうんですよね。

一般論はもういいので、私の老後のお金「答え」をください!

著者 : 井戸美枝
出版 : 日経BP
価格 : 1650円 (税込み)

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