不妊治療、延期に戸惑い コロナ感染リスクで学会要請

新型コロナウイルスの感染拡大の影響が不妊治療にも及んでいる。専門医らでつくる学会は、妊娠後に感染すると治療に苦慮することが予想されるとして、可能なら人工授精や体外受精などの延期を考慮するよう求める声明を発表した。これを受けて治療を延期する医療機関もある。妊娠を望む女性からは「年齢を考えると治療を進めたいのだが……」と戸惑いの声が上がる。
「妊娠できたとしても、感染リスクが怖いので治療を見送っている」。2年前から不妊治療に取り組んできた神奈川県の自営業の女性(40)はこう話す。
人工授精や体外受精を経て受精に成功し、2019年11月に胚を凍結。20年3月下旬に子宮へ移植する予定だった。しかし国内で新型コロナ感染が広がり、感染した場合の妊婦や胎児への影響が分からない中で見送りを決めた。通院する病院からも「不妊治療については原則胚凍結までとする」と、今後の治療を延期する旨の連絡があった。
現状では妊婦が感染すると胎児の異常や死産・流産が起きやすくなるとの報告はない。一方で中国・武漢で子宮内感染した例が確認されている。
こうした中、日本生殖医学会は4月1日、体外受精や人工授精などの不妊治療の延期を受診者に提示することを医師らに推奨する声明を出した。
声明では「母体から胎児への感染の可能性は不明」「妊婦の感染リスクが高いとはいえない」としつつ、感染すると重症化する可能性が指摘されており、感染者に試験的に投与されている薬の中には妊婦に使えないものがあると説明。感染が急速に拡大する危険性がなくなるか、妊娠時に使える予防薬や治療薬が開発されるまでの間は延期考慮を求めた。
医師や助産師、妊産婦など多くの人が関わる出産の現場では院内感染への警戒で緊迫した状況が続く。東京都内の産科医の女性は「妊娠中に感染する可能性もあり、胎児への影響も明らかではない。積極的な妊活も控えたほうがよい」と指摘する。
ただ、年齢が上昇すると妊娠の可能性は下がる。都内の会社員の女性(35)は受精の可能性を見極め自然妊娠を目指す「タイミング法」に取り組んでいる。「感染時の影響が不安だが、年齢などを考えると継続するしかない」と話す。
不妊治療の延期を余儀なくされる夫婦が増えると想定されることから、厚生労働省は9日、治療費助成の年齢上限を20年度に限って緩和すると発表した。これまで助成対象は治療開始時の妻の年齢が「43歳未満」だったが、「44歳未満」に変更。妻が40歳未満の場合は通算6回まで、40歳以上なら通算3回までとの条件も「41歳未満」「41歳以上」とした。
不妊に悩む人を支援するNPO法人Fine(ファイン)の松本亜樹子理事長は「不妊治療はただでさえ精神的負担が重い上、時間もお金もかかる。感染拡大の影響で収入が減っている人もおり、今後も支援策を見直してほしい」としている。
妊娠している女性の場合、新型コロナウイルスにどう注意すべきか。感染症の専門家で産婦人科医の早川智・日本大医学部主任教授に対策などを聞いた。
――妊婦がより感染に気をつけるべき理由は。
「妊婦は肺炎にかかると重症化しやすいが、新型コロナに感染しやすいわけではない。しかし感染すると胎児にどう影響するかがはっきりしない上、治療薬として有力な候補に挙がっているアビガンは投与できない。治療の選択肢が狭まるので、とにかく感染しないことが重要だ」
「風邪の症状や37.5度以上の発熱が2日続いたり、強いだるさや息苦しさがあったりする場合は、早めに帰国者・接触者相談センターに相談してほしい」
――感染はどのように防げばいいか。
「基本的に一般の人と変わらない。手洗いの徹底が大事。ウイルスの感染能力をなくすため、水やお湯だけではなくせっけんでしっかり洗う。トイレは定期的に消毒や掃除をしてほしい」
「働いている妊婦は通勤電車など、人が多いところは避ける必要がある。可能なら在宅勤務にすべきだ。パソコンのキーボードの消毒も忘れずに行うといい」
――夫や子どもなど同居している人が感染する可能性もある。
「一時的に同居はやめ、ホテルのほか、近ければ実家に移るのが望ましい。とはいえ、実家が遠い人や子どもが小さくて自宅を離れられない人も多いはず。その場合は部屋を分けて生活し、洗濯や洗い物も分けたほうがよい。食器は使い捨てのものを使うなど工夫し、風呂は感染の疑いがある人が最後に入り、浴槽は洗剤で洗う」
――里帰り出産を計画している人もいるが。
「今は避けるべきだ。移動途中で感染リスクがある。もし妊婦が感染していると地方に感染を広げる恐れがあり、分娩施設の限られた地方では対応できない」

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