口蹄疫10年、宮崎で慰霊祭 殺処分のつらさ胸に

2020/4/20 22:42
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2010年に宮崎県で発生した口蹄疫(こうていえき)が20日、都農町で最初に確認されてから10年を迎えた。県内11市町に広がり、殺処分数は約30万頭。約2350億円の損失をもたらした。大切な家畜を失ったつらさや苦しさを胸に、再び畜産の道を歩む農家。都農町では犠牲になった家畜の慰霊祭が営まれた。

 「畜魂碑」に献花する宮崎県都農町の河野正和町長(20日午前、都農町)

西都市の川越伸一さん(49)が育てていた牛は10年前、66頭全てが殺処分された。中には処分の前日に生まれた子牛も。24時間も生きられない。「生まれなかった方が幸せだったのか」。子牛を抱え、処分場に向かう車の中で自問したことを、鮮明に覚えている。

牛飼いとして祖父の代から約70年。牛のいない生活は想像もしていなかった。農場が再開できても、市場に出荷するまで2年はかかる。サトイモ掘りのアルバイトで日銭を稼いだ。勇気づけてくれたのは、妻のブログを見た全国の人が届けた手紙や食料。鹿児島県の小学生は、生まれてすぐ処分された子牛の話をブログで知り、牛の絵を描いて送ってくれた。

殺処分から2カ月後、ようやく競りに向かった。「やっと牛の世話ができる」。子牛の名簿が入ったかばんを自宅に忘れるほど気分が高揚していたという。県内各地を回り、祖父の代から飼育を続けた血統の牛を仕入れることもできた。

川越さんは66頭が眠る共同埋却地を購入し、今はその土地で、牛を自然に近い形で放牧する。犠牲を無駄にしないためにも、優れた牛を育てたいと思う。「苦しい時に支えてくれた全国の人に胸を張れるような仕事がしたい」と話している。

都農町で20日にあった慰霊祭では、町職員や畜産農家らが黙とうし「畜魂碑」に花を手向けた。河野正和町長は「口蹄疫から10年たったが、世界各国は豚熱(CSF)などに脅かされている。最高の危機意識で防疫に努めよう」と述べた。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、例年より規模を縮小して営まれた。〔共同〕

▼口蹄疫 牛や豚、羊など主に偶蹄(ぐうてい)類がかかるウイルス性の伝染病。口やひづめの周辺などに水疱(すいほう)ができて発熱し、やせ細って死ぬこともある。感染力は強いが、人間は肉や乳を口にしても感染しないとされる。家畜伝染病予防法は、発生農場の家畜全てを殺処分するよう規定。2010年の宮崎県の発生では、ワクチンを接種した家畜も含め約30万頭を殺処分した。東アジアの広範囲で発生が続いている。
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