大リーグ開幕へ2案検討 費用やモラル面に課題も
スポーツライター 杉浦大介
全世界を震撼(しんかん)させている新型コロナショックのため、米メジャーリーグは開幕のメドがまったくたたない。全米で感染者、死者が増えている状況で、復興への道はあまりにも険しい。ただ、パンデミックの中でもシーズン挙行を諦めないMLBは、2つの具体的なプランを検討していると伝えられる。
■アリゾナ、フロリダで短いシーズン開催
1つはアリゾナ州に全30チームを集め、無観客でシーズンを行うというもの。もう1つはフロリダ、アリゾナに15チームずつが分かれ、従来の地区制度にこだわらず、リーグを再編してシーズンを開催するという案だ。

どちらも選手、コーチ、スタッフを長期間にわたってホテルに隔離し、不要な外出を禁止したうえでシーズンを行うのだという。無観客ならばコロナ感染のリスクは低く抑えられるし、登録枠を拡大すれば選手に負担をかけ過ぎないで済む。このような斬新かつ大胆なプランを進めるのに、毎年多くのチームがスプリングキャンプを開催するフロリダとアリゾナは最適の場所ではあるのだろう。全試合を挙行するのに必要な施設、スタジアムがこの2つの州には備わっており、特にアリゾナは今のところ感染者が少ないのも大きい。
「7月4日にテレビをつけたらMLBの試合が行われているかもしれない」
4月15日、国立アレルギー感染症研究所所長で、コロナ対策の米国最高責任者であるアンソニー・ファウチ博士がそう語ったことで希望を見出したファンも多いかもしれない。ファウチ博士によると、メジャーリーグ開催の必須条件は「無観客」「選手の完全隔離」「週1回のウイルス検査」の3つ。カギは今より迅速かつ頻繁な検査手段の確保だが、5月中にはそれが普及するとの見通しも聞こえてくる。だとすれば、今夏のMLBシーズン開催は可能なのだろうか。
■関係者は多数、中断のリスクも
例年よりも少ない80~120試合程度のシーズンなら、スピーディーな凝縮日程に魅力があると考えることもできる。一部で報道された通り、選手から6フィート(約180センチ=ソーシャル・ディスタンスの距離)を保つためにロボット審判を導入すれば、目新しさという点でも話題を呼ぶはず。エンターテインメント枯れのこの状況下ではテレビも高視聴率が期待できそうで、たとえ無観客でも、実現すれば史上最大級に注目されるシーズンになるかもしれない。

しかし、"リーグ全体を隔離してのシーズン挙行"は一見すると理にかなった手段にも思えるが、越えなければならないハードルはあまりにも多い。個人競技のゴルフ、テニス、あるいは単発興行の格闘技などと比べ、ベースボールにとっての最大のネックは関わる人間が多いことだろう。
隔離され、頻繁に検査を受けなければならないのはチーム、審判団、リーグ関係者、テレビ局の人間だけではない。宿泊先や食事の調達先、スタジアムの係員まで含め、すべての関係者が対象にならなければいけない。それほどの数の人間が数ヶ月にわたって足並みをそろえるのは極めて難しいことだし、コストもかかる。もし複数の感染者が出れば中断は避けられないにもかかわらず、なおとてつもない費用を費やして準備をし、シーズンに臨むというのはリスキーに違いない。
今後、検査技術が進歩し、システム上は可能になったとしても、モラルの面で疑問が呈されることにもなる。
スポーツが文化として定着した米国では、災害や悲劇の中でも、ベースボールが人々の心のよりどころとなってきたのは事実である。2001年9月11日の米同時多発テロ事件時もそう。あの悲惨なテロの後でも米国では1週間も経たない9月17日に公式戦が再開された。それでも批判などほとんどなかったところに、米スポーツの底力を見たファンは多かったはずだ。

ただ、テロリストによる1日限りの攻撃だったあの2001.9.11と違い、えたいの知れないコロナショックの脅威は継続している。感染者は全米ですでに60万人を超え、死者も3万人以上。多くの人が職を失い、主要都市でも医療崩壊の可能性がささやかれている中で、スポーツの再開に向かうのは正しいことなのか。
もちろんMLBというビッグビジネスを復活させることの恩恵は様々な意味で大きいとしても、混乱の中でシーズン再開を模索するなら、社会的責任という問いかけへの答えも探していかなければならない。今後、状況が少しずつ改善していく中で、ロブ・マンフレッド・コミッショナー以下、MLB上層部は非常に難しい決断を迫られることになるのだろう。