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原発事故9年 長すぎる避難の歳月

帰還困難域の除染加速今こそ

3月4日、午前0時。東京電力福島第1原子力発電所事故から9年間、人の行き来を阻んできたバリケード柵が静かに開かれた。

柵は第1原発が立地する福島県双葉町の国道6号に面した国道前。避難指示区域で唯一、全町域の避難が続いた双葉町は大半が高線量に汚染された「帰還困難区域」だ。同14日のJR常磐線双葉駅営業再開に合わせて除染作業が先行、駅に連なる復興拠点区域約550ヘクタールも同時に24時間立ち入り可能となった。

「もっと早く自由に入れ、家を片付けていたら帰還を考えた」。新潟県柏崎市に住む渡辺浩二さん(50)は4日午後、荒廃が進む町内の自宅を訪れた。

原発の危機的状況も知らされず「西に向かって逃げろ」と言われ、親戚を頼り柏崎市へ夫婦と子供3人で避難した。2年後に家族のストレス解消のため市内に家を建てた。双葉町に戻るまでのほんの数年の仮住まいのつもりだった。

しかし帰還の手掛かりが得られないまま時間は過ぎる。渡辺さんはすぐ訪問支援員となり、同じ避難住民の孤立死回避を担った。2018年秋から市内の自治会組織などを対象に防災の重要性を伝える業務を市から委託される。

「家族で笑って暮らせるのは当たり前ではない」。原発事故からの避難という鬼気迫る体験を交えた語りを高校時代の友人は「天職だ」と言ってくれた。家族を守るための生活基盤を渡辺さんは柏崎市で築く。

福島県内の帰還困難区域内にある復興拠点の除染作業は17年末から始まり、23年春までに県内6町村の拠点は避難指示が解かれる。その前段と位置づけられた3月の常磐線全線開通に多くの住民は笑顔を浮かべた。通学や就職など若き頃の記憶を引き出し、沿線やホームで電車に手を振った。

しかし避難先の土地で生活を築いた住民に、事故から9年以上という年月は帰還を考えるには長すぎた。立ち入り規制の緩和で国は「帰還準備の加速が期待できる」(内閣府)としたが、双葉町住民の6割は「戻らないと決めている」と意向調査に答えている。

常磐線が全線開通した早朝。いわき駅から家族3人で電車に乗り双葉駅に降り立った中島恒徳さん(57)に出会った。双葉町の土地建物は中間貯蔵施設用地に提供し、いわき市に暮らすが、中島さんは「やっぱり双葉はいい」と笑顔を浮かべ、「双葉に家を建てたい」と話す。

18年末、国の原子力災害対策本部は復興拠点内でバリケードなど物理的な防護措置を取り除いて立ち入りの緩和を決めた会合で「たとえ長い年月を要しても将来的に帰還困難区域の全てを避難指示解除する」と表明している。

長期の避難生活を経てもなお、帰還を望む人がいる。国はこれ以上、長い年月を要してはいけない。(小林隆)

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