脳神経の動きを観察 治療の手掛かり探る

2020/4/17 2:00
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横浜市立大学の高橋琢哉教授らは、人の脳で神経細胞の情報伝達に関わる物質を可視化する技術を開発した。陽電子放射断層撮影装置(PET)を使い、てんかん患者の病巣で物質の密度が増える様子などを確かめた。認知症やうつ病でも調べ、基礎研究や臨床試験(治験)に役立てる。目指すのは脳の奥深くをのぞき、治療の手掛かりを探る技術の確立だ。2030年ごろには脳の解析結果に合わせて薬を処方するようになるかもしれない。

患者の脳をPETで調べる(横浜市立大学高橋琢哉教授提供)

患者の脳をPETで調べる(横浜市立大学高橋琢哉教授提供)

30年代に暮らすあなたは心身の不調を感じ、近所のクリニックを受診した。脳画像を見た医師は、細胞中の特定の物質の量に違和感を抱いた。「この物質の働きを調節する薬を出しておきましょうか」。帰宅後に服用すると、症状が少しずつ改善し始めた。その後、再検査で脳の画像を見たところ、脳に変化が表れていた――。

脳には千億個以上の神経細胞がある。「シナプス」とよばれる接合部分で物質をやりとりし、情報伝達のネットワークを形づくっている。シナプスには、物質を受け取る「AMPA受容体」というたんぱく質などがある。一方の細胞が放出したグルタミン酸という分子をもう一方の細胞表面で受け取り、内部にイオンを流入させることなどで情報を伝える。

精神疾患などの一部ではこのたんぱく質がうまく働かないことが細胞やマウスなどの動物を使った実験から予想されている。ただこれまで患者などの脳で働きを調べる方法はなかった。

研究チームは、神経細胞の表面で物質を受け取るたんぱく質を人の脳内で観察する技術を開発した。

研究では、AMPA受容体にのみ結合する化合物に着目した。化合物を投与する静脈から脳に届きやすいものを探しだし、PETで観察できるように放射性物質で目印を付けた。

AMPA受容体の機能異常が関係しているとされているてんかんの患者の脳で、このたんぱく質を観察できるかを確かめた。

てんかんの多くは薬などで症状が改善するが、一部の患者は病巣を外科手術で取り除く必要がある。

研究では、患者の脳をPETで撮影したあとに手術で取り除いた部分のAMPA受容体の量を調べた。

画像の検査で検出量が多いほど、このたんぱく質の密度が高いことを確認した。現在は、てんかんの診断技術として国内での承認を目指し、治験を進めている。

今後は、うつ病や統合失調症などでも臨床研究を進め、病気ごとのAMPA受容体の働きの特徴を見つけていく考えだ。

高橋教授は「症状だけでは見分けにくい精神疾患の診断に役立てたい」と話す。

このたんぱく質を標的にする薬などの効果を調べる技術としても使えるとみている。脳卒中の薬候補の効果を確かめる治験が進行中だ。事前にAMPA受容体の様子を調べて参加希望者をしぼりこみ、効率的な治験を設計するのにも役立つとみている。

PETで脳の病変を捉え、診断や治療薬開発に役立てる試みは、認知症などの神経変性疾患で先行している。
 認知症の約7割を占めるアルツハイマー病では、発症の何年も前から患者の脳に異常なたんぱく質が蓄積することが、PETを使った研究などで明らかになった。もの忘れなどの症状はアルツハイマー病以外でもみられ、症状のみから診断することは難しい場合がある。より正確に病気を見分ける手法として、脳の血流や容積を調べる技術とともに診断にも使われている。
 異常なたんぱく質を取り除く抗体を投与する治験などでは、参加者を絞り込んだり、薬の働きを評価したりするのにもPETが役立っている。
 ただ抗体を投与するなどで脳の異常たんぱく質が減っても、症状が十分改善しないことが分かってきた。PETで見ている脳の異変が、病気の発症機構にどう関わるのかを臨床研究だけで知ることは難しい。人と同じように異常たんぱく質が蓄積する実験用の細胞やマウスを使った基礎研究も進んでいる。
 精神疾患は、発症の詳しい仕組みや薬の作用がわからない場合がある。PETなどを使った臨床研究の知見を基礎研究と治療薬開発の両方に生かす取り組みが必要だ。(スレヴィン大浜華)

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