コロナ禍が変える社会と市場の未来
NQN25周年記念セミナーより

日経QUICKニュース社(NQN)は3月31日、設立25周年記念セミナーを都内で開いた。新型コロナウイルス禍で価値観や社会の枠組みが揺さぶられる中、人類の直面する課題と今後、市場や経済構造がどう変わるかを専門家が議論した。
(モデレーターはNQN編集委員 永井洋一)
──今後の世界経済の見通しは。

河野龍太郎氏(BNPパリバ証券チーフエコノミスト)市場は各国によるリーマン・ショック時並みの金融緩和と大規模な財政出動で経済の崩落を避けられると認識している。ただ、ここにはリスクが2つある。ひとつは来冬に新型コロナの感染が再び拡大し、景気回復が鈍る可能性だ。もうひとつは都市封鎖をした国で起きる社会的な不安の増大が暴動といっためったに発生しない大惨事、いわゆるブラックスワン(黒い白鳥)を呼ぶ恐れがあることだ。
──米中の覇権争いへの影響も考えられるが。
河野氏 コロナの収束後も米中の分断は続くだろう。各国は内政面では社会的な連帯を重んじる政策を導入するだろうが国家間の分断は深刻化する。最悪なのは米中戦争の勃発だ。そうならず、東アジアから米国が撤退すれば、それは同時に東アジアにおける中国支配を意味する。
──市場では一時、株式、国債、金などあらゆる資産が売られた。

寺本名保美氏(トータルアセットデザイン社長) 株安を引き金に4つの段階で現金化が起きた。第1は利益の乗っている資産と評価損を抱えている資産を同時に売る「あわせ切り」。第2は損失限定目的の売り。第3は変動率をリスク指標とするファンドによるリスク回避の売り。最後はデリバティブ(金融派生商品)の証拠金割れに伴う持ち高整理の売りだ。このプロセスがリーマン・ショックの時より早いペースで進んだ。ただ、こうした動きは8合目を越えたとみている。
──日本の新型コロナ対策をどうみるか。

岩村充氏(早稲田大学教授)景気刺激策は人と人との接触や消費行動を盛んにするので、再感染を誘発する。考えるべきは失業手当や所得保障など人々が安心して巣ごもりできるための支援策だ。
──日米で大規模な財政出動が始まるなど新たなマネー膨張への道が開かれようとしている。
岩村氏 異次元緩和によるゼロ金利の状態では現金と国債の区別は難しい。中央銀行の存在意義が問われる時代が、すぐそこまで来ている。
──社会や経済構造は変わるか。
寺本氏 デジタル革命は、大きく進むか政府の圧力で後退するかのいずれかだ。市場はテレワークなど非対面式のサービス業への移行が加速するとみて動いているが、それが行きすぎると反動が起きる。
岩村氏 グローバリズムや格差拡大をもたらした新自由主義のリスクが新型コロナ問題で表面化した。各国の大規模な財政支出は、いわばその代償だ。有事のドル買い(基軸通貨ドル)という神話が崩れつつあり、中長期的には円高になる可能性がある。中国に生産工場を置き、我々が頭脳労働だけをすれば、格差は頭脳労働者に有利な形で拡大再生産される。しかし、近代国家の理念は知恵がある人が優遇されるべきだとはうたっていない。新型コロナは新自由主義に対し自然が下した審判だ。
──技術革新が市場のあり方を大きく変えている。25年後はどうなっているのか。
河野氏 市場メカニズムと私有財産を前提とする資本主義は基本的には変えられない。公的な統治をきちんとした上で政府系ファンドが株式をある程度買うという変化はあり得る。
寺本氏 資本主義がなくなるとは思わない。ただ、上場市場が証券取引の中枢にある世界が25年後には変質している可能性はある。過剰流動性の復活と金利上昇への期待が遠のくなか、いまや株式市場に依存しなくても低コストで簡単に資金調達できる。上場市場軽視となるのも無理はない。
──ビッグデータの利用を市場経済に任せた結果、プライバシーの侵害が深刻化している。

伊佐山元氏(WiL共同創業者CEO) 個人情報をどこまでビジネスに利用してよいのか、監視資本主義がどこまで許されるかという課題は重要なテーマだ。デジタル化の進展と同時にどうアナログな世界とのバランスを保ち、情報の正しさを担保するかが重要だ。
岩村氏 中国では国がむりやり個人情報を探って開示させるという面もあるが、そんな簡単な話ではない。中国人は国が求めても本当のことをいわないが、情報をさらした方が有利だとなればさらすものだ。自由主義をどう守るかという問題もある。経済成長が止まった時や環境問題が立ちはだかった時、資本主義や株式市場がそれを乗り越えられるとは限らない。
■ マネー万能から「人間の経済」へ(モデレーターより)
自由主義経済は市場と自助を骨格とする。新型コロナウイルスは、その我々が当たり前と考えていた社会経済システムの土台のもろさをあぶりだした。半年前には考えられなかったことだが、人々は安全よりも安心を求めて日用品や食料品の買いだめに走り、公助や共助を渇望するようになった。
「カール・ポランニーの亡霊が忍び寄っている」。世界的に失業者が急増し、資本主義の限界がテーマとなった2012年の世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)を英紙ガーディアンはこう伝えた。それから8年。セミナーを聞いてまず思い浮かんだのはポランニーの亡霊の再来だ。
ポランニーとは資本主義経済の虚構性を暴いた20世紀の経済学者だ。著書「人間の経済」では人類史への洞察を踏まえ、経済活動に果たす市場機能の限界を喝破した。世界全体で数百兆円に上る社会維持対策について、早稲田大学の岩村充氏は基調講演で「我々が今まで忘れていた自由主義経済のコストだ」と話し、マネー万能の風潮を批判した。
コロナ後の世界を考える上で重要なキーワードは公助あるいは共有ではないか。気候変動への取り組みが叫ばれ、ESG(環境・社会・企業統治)がにわかに重要視されるようになった矢先の生理学、衛生学的な災厄を後世の歴史家は人類史上、最も重大な事件の一つと記録するだろう。
社会の持続性を担保するため水や電力、公共交通機関、情報や知識といった人々の生活に不可欠な財産は公共化、共有化すべきではないかという議論が一部で始まっている。投資家はこれまで、そうした対象に資金を投じ、簡単かつ安定的に配当を手にすることができたが、それは将来難しくなるかもしれない。
社会インフラの再構築時代の到来を見据える寺本名保美氏がいうように、投資家の目的が期間利益の追求から社会の持続可能性の維持へと変われば、投資回収期間は10年はおろか、100年単位かあるいは永久劣後債のように、これまで考えられなかったかなたへと地平が伸びる。
幸か不幸か、疫病は世界を一変させるインパクトを秘める。河野龍太郎氏は「デジタル革命は加速し、ルネサンス以上の影響をもたらすだろう」と述べた。危機は迅速かつ前例のない対応を為政者に迫る。逆手に取れば医療や教育、労働市場など、それまではてこでも動かなかった規制改革が一気に実現するきっかけになる。
(NQN編集委員 永井洋一)