伝統医学の世界普及狙う中国(The Economist)

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2020/4/14 0:00
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訂正>4月14日0時に掲載した「漢方の世界普及狙う中国」の記事中、「漢方」とあったのは「中国の伝統医学」、「漢方薬」とあったのは「中国の伝統薬」でした。(2020/5/18 21:07)

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中国湖北省に住むバス運転手の王大山さん(仮名)は、薬草茶が自分の命を救ってくれたのかもしれないと思っている。大手国有企業が生産したこの黄褐色の滋養強壮剤は、新型コロナウイルスに感染して武漢市の仮設病院に2週間入院していた際、受けたいくつかの伝統療法の一つだった。これを飲み始めると数日後にはせきや熱が収まった。新型コロナに感染した患者の大半は回復している。だが、王さんは自力だったら治っていなかったと思っている。

中国の習国家主席は伝統医学を普及させ、中国共産党を中国の古代からの知恵を代表する存在に再定義することに注力しているという。写真は3月の武漢訪問の時のもの=AP

中国の習国家主席は伝統医学を普及させ、中国共産党を中国の古代からの知恵を代表する存在に再定義することに注力しているという。写真は3月の武漢訪問の時のもの=AP

世界各国の当局は市民に対して、新型コロナの治療に代替療法を使うのは注意する必要があると呼びかけている。ところが中国では政府が中国の伝統医学を大々的に推進している。中国国家衛生健康委員会はこの1月、新型コロナ感染拡大の危機が高まったのを受け、政府が推奨する治療法に一連の伝統医学による治療法を加えた。さらに、患者(軽症患者向けに伝統療法の病院が設置された武漢市のスポーツセンターに入った患者など)にその療法を施すため、5000人近くの専門家を湖北省に送り込んだ。国家中医薬管理局の高官は3月23日、新型コロナの患者全体の90%以上に伝統医学の治療を施し、そのうち90%に「効果があった」と発表した。もっとも、この主張を裏付けるデータは示さなかった。

■伝統医学の電話国際会議に64カ国9万人が参加という中国

中国では現在、新型コロナの感染拡大は鎮まっている。感染拡大が世界で初めて確認され、それにより最も深刻な打撃を受けた武漢市の2カ月半に及ぶ都市封鎖は4月8日、解除された(武漢市は3月に、前述の伝統療法の病院を含む16の仮設病院も閉めた)。

その中国が今、この伝統療法を海外にも普及させようと力を入れている。中国がカンボジアやイラク、イタリアに派遣した中国の医療専門チームには伝統医学の施術者らも含まれている。政府は他の国々にも中国の伝統薬を寄付したと明らかにしている。中国共産党系の有力紙「環球時報」は、中国の伝統医学の専門家らが新型コロナとどう戦ったかを学ぶ電話会議が最近開かれ、64カ国・地域から9万人が参加したと報じた。国営メディアは3月中旬、中国の新型コロナへの活用は、アフリカ諸国が倣うべき「手本」かもしれないとするタンザニア保健当局の高官の発言を伝えた。

中国政府は伝統医学だけで治療することは推進していない。重症患者には従来の治療を提供している。伝統医学の専門医らが、特に深刻な病気について「西洋医学」の有効性を否定することもまずない。だが、伝統医学は単なるその場しのぎの症状緩和策でもなければ、偽薬でもなく、きちんと効果のある療法だと政府は主張する。2016年に発行した白書では「中医学」と呼ばれる中国の伝統医学を「医科学」の一つの分野として位置づけ、これを「再び大いに活用する」時代が到来したと強調した。

中国の伝統医学とは、王氏が処方されたような伝統薬(主成分はビンロウの実、アーモンド、そして中国で何世紀も前からインフルエンザの治療に使われてきた植物のシナマオウだ)に限らない。はり治療やきゅう療法、体内の神秘的なエネルギーとされる「気」を高めるという気功も含まれる。伝統医学は、こうした要素も含めるとオカルト的な面まであるということだ。武漢に設置された仮設の病院の患者は、集団でゆっくり体を動かす気功を日課としていた。

■伝統医学推進がもたらす2つのリスク

これらの伝統療法は、どれも大半の人にとっては無害だ。しかし、中国政府がこれを強力に売り込むとなると、2つの大きなリスクが浮上する。

中国伝統医学の普及は野生動物保護に逆行するとの指摘も。写真は中国福建省南平市で胆汁を採るために飼われているクマ(ただし、写真は2012年のもの)=AP

中国伝統医学の普及は野生動物保護に逆行するとの指摘も。写真は中国福建省南平市で胆汁を採るために飼われているクマ(ただし、写真は2012年のもの)=AP

1つは中国の伝統医学を従来の治療よりも好ましいと考える人が出てくる点だ。従来の治療(西洋医学)は伝統医学とは違い、命を救う効果が証明されている。もう1つのリスクは、野生動物保護に逆行する点だ。伝統医学では動物の様々な部位を治療に不可欠な要素とすることが多い。中国政府は絶滅危惧種の使用こそ禁止しているが、虎の生殖器やサイの角など希少動物の部位には強力な効能があるとなお広く信じられている。

動物の使用はゾッとするほど残虐な行為を伴う場合もある。中国保健当局が伝統医学の新型コロナ治療法として推薦した中には、クマの胆汁を粉末状にした「熊胆粉」がある。その有効成分は合成可能だが、中国では農場がひどい条件の下でクマを飼育し、その生きたクマから胆汁を採取することが多い。中国は2月、野生動物を食用目的で販売することを禁止した。今回の新型コロナは、市場で生きた野生動物とそれを扱う人間が密に接触していたことが、動物から人間への感染を招いた可能性があるためだ。だが、この新たな規制では、中国の伝統薬の材料として動物の部位を販売すべく、動物を飼育する業者や動物を捕らえるためにわなを仕掛ける業者の動きは禁じていない。

■中国医薬品市場の4割は伝統薬

中国の公的医療保険制度では、一部の伝統療法も対象であるため、動物の部位に対するニーズは極めて大きい。米ジェフリーズ証券によると、中国の医薬品市場の4割は伝統薬が占める。中国の病院の15%近くが中国の伝統医学に特化しており、18年の中国の全病床数840万床強のうち、120万床は伝統医学の病院が占める。中国の伝統医学の専門医や薬剤師は70万人以上に上る。

中国の指導部が伝統医学を支持する一因には、それが中国ならではの文化であり、誇りだとの思いがある。伝統医学の歴史は古く、2000年以上の歴史を持つ論文を活用している。習近平(シー・ジンピン)国家主席はこうした誇りを高め、中国共産党を中国の古代からの知恵を代表する存在として再定義することに注力している。同氏は3月、中国は新型コロナとの戦いで「西洋医学と共に『中医学』も大いに利用していかなければならない」と発言した。

中国政府高官らは、伝統医学で新型コロナを治せるとは言っていない。だが、それを使えば、軽症もしくはそれほど深刻でない患者の重症化を防げるため、致死率が下がり、回復も早まると主張している。中国の政府系英字紙「チャイナ・デーリー」が開設したサイト「中国式で新型コロナと戦う」では、伝統医学には「病気を引き起こす老廃物を排出する」効果があるため、ウイルスの「生存する余地がなくなる」と説明している。

■WHOも味方に付けたが

世界保健機関(WHO)も中国の伝統医学をある程度、評価している。WHOは3月、ウェブサイトから「薬草などを使った治療法には、新型コロナに対する効能はなく、有害となる恐れがある」という文言を削除し、これはあまりに「大ざっぱな」表現だったとの声明を発表した。

WHOは14年に発表した報告書で伝統医学は「重要だが過小評価されることが多い」とした上で、「質の高さや安全性、効能を証明できるなら」医療に足りない部分を補える可能性はあるとした。しかし、多くの中国の伝統医学はその条件には該当しないだろう。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. April 11, 2020 All rights reserved.

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