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毛織物大手ニッケのデザイナー 22万枚の生地 紡ぐ理想

匠と巧

膨大な生地サンプルを保管する書庫で、デザインを考える大野さん(愛知県一宮市)=川柳雅裕撮影

ファッションの都、イタリア・ミラノ。有名ブランド店のショーウインドーには女性向けの服やスーツが並ぶ。この舞台に生地を送り出しているのが、大阪市に本社がある毛織物大手ニッケのデザイナー、大野正博さん(55)だ。

生地のデザイン、つまり生地の製造に使う設計書を書く。縦糸と横糸の数など数字が並び、建物の図面に近い印象だ。作った生地は欧州でアパレルメーカーに提案。スーツやコート、ダウンに使われる。

仕事場は毛織物の産地として知られる愛知県一宮市にある工房だ。書庫には約150年前の生地を収めた見本帳など1200冊が並ぶ。約22万点の生地の糸の産地や太さ、生地の構造を分析し、ヒントを探る。

デザインしたウール生地はエルメスなどが採用し、仏パリで毎年開かれる最高峰の見本市で2度受賞した。有名ブランドが大野さんの生地を求めるのは、手触りのよさはもちろん、機能性が高いからだ。

2006年にエルメス本店が採用した生地のコンセプトは「最も薄いウール生地」。薄く軽い生地を作るには細い糸で織る必要があるが切れやすい。そこで羊毛に水に溶ける樹脂の糸をからませて補強。織った後で樹脂を溶かした。

「こんな糸を作れますか」。原料や製造に詳しい人との対話もアイデアの源となる。設計書を手に社内外の専門家に疑問をぶつける。「時間の半分は製造のプロとの対話にあてている」

初めてミラノに赴任したのは1990年。ショーウインドーに飾られた服はつるしてあるのに人が着ているような立体感があった。「全然かなわない」。その頃の衝撃は今も忘れない。自らの生地が受け入れられたのは約15年後。「ミラノのショーウインドーに並ぶとは当時は夢にも思わなかった」と振り返る。

ウール業界は役割が国によって決まっている。デザインはイタリア、生産は人件費の安い東欧やトルコが担う。糸や生地を作る機械はドイツやスイスが手がけ、展示会はフランスだ。後発の日本が国際分業に割って入るには他の国にない強みが欠かせない。

取り組んだのは徹底した生地の分析だ。ニッケが手がけた軍服や企業の制服、江戸時代の着物まで手に取った。「日本人の感性が生む機能性や風合いに勝ち目がある」。かすりの着物に使う糸と羊毛を混ぜるなど、和の要素も取り入れた。

京都府で着物の帯を作る家庭に育ち、海外で活躍する山本耀司や三宅一生といったデザイナーに憧れていた。京都精華大学で染色を学ぶと、デザイン部門で採用を始めたばかりだったニッケの門をたたいた。

今では約20人のデザイナーを束ねる。後輩には「見本と同じものを作れる分析能力がないと新しい発想の製品も作れない」と説く。試作品や顧客が持ち込んだ生地の改善点を正確に見極めてこそ、超える生地をデザインできると考える。

分析をまとめた資料は入社から約30年で、A4サイズのファイル15~16冊分に積み上がった。過去を見つめる鋭い視線の先に、世界が待ち望む理想の生地がある。(梅国典)

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