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たばこに化石燃料、投資撤退の波が襲う

ESG(環境・社会・企業統治)を重視する運用大手や年金基金の間で、化石燃料業界からの投資撤退が相次ぐ。影響は国内の主要電力・エネルギー会社にも及ぶ。対象となった企業の中には、投資家との対話などを強化する例も出てきた。

企業に変革を迫る

オランダ最大の公的年金ABPは2月6日、2050年までにポートフォリオの炭素排出量を実質ゼロにする方針を発表した。この達成に向け、25年までに石炭採掘やタールサンドを手掛ける企業への投資を段階的に減らし、30年までに経済協力開発機構(OECD)諸国で発電用の石炭への投資をやめるという。「持続可能な社会を実現するには、もっと努力が必要だ」。ABPのコリエン・ウォルトマン会長は強調する。

ABPのように投資先から資金を引き揚げることを「ダイベストメント(投資撤退)」と呼ぶ。ESGを重視する欧米の年金基金や保険会社の間では一般的な投資手法の1つで、投資をやめることで投資家としての意思を表明し、企業に変革を迫る狙いがある。

ダイベストメント自体は新しい手法ではない。1980年代には、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離策)に反対するために企業や個人が南アフリカ関連企業の株式や債券などに投資しないという動きが広がり、アパルトヘイト廃止の一因になったとされる。このほか対人地雷・クラスター弾などの製造に関わる企業なども、多くの年金が投資対象から外している。

ここにきて急速に広がっているのが石炭や石油など化石燃料業界に対するダイベストメントだ。投資家団体「ダイベスト・インベスト」によると、世界で1100以上の団体が化石燃料からの投資撤退を表明済みだ。これらの団体の総運用資産は12兆ドル(約1300兆円)にのぼるという。気候変動リスクが高まる中、温暖化ガスの排出量の多い化石燃料業界への資金供給をしぼり、再生可能エネルギーの比率を高めるなど事業構造の転換を求める年金などが増えている。

年金などの資金を運用する資産運用会社の間でもダイベストメントに踏み切る動きが出始めている。1月には世界最大の運用会社ブラックロックが、市場平均を上回る運用成績を目指すアクティブ運用の投資対象から、火力発電に使われる石炭(燃料炭)生産が売上高の25%以上を占める企業の株や債券を外すことを表明した。今年半ばまでに完了する予定だ。仏BNPパリバ・アセットマネジメントは今年から世界の燃料炭生産で1%超のシェアをもつか、売上高に占める燃料炭の割合が1割を超える企業を投資対象から外している。

株価への影響も無視できなくなっている。米エネルギー経済・財務分析研究所(IEEFA)も19年12月のリポートで、米ピーボディー・エナジーなど石炭関連企業の株が大きく下落した一方、イタリアのエネルなど再生可能エネルギー関連企業の株価は市場平均を上回ったことを踏まえ、「転換点を迎えた」と指摘した。カナダの投資会社ジニアス・キャピタル・マネジメントも19年9月のリポートで「ダイベストメントはもうかる」と記した。

影響は日本企業にも及びそうだ。世界で初めて化石燃料産業から公的資金を引き揚げることを決めたアイルランド。同国の政府系投資ファンドは19年に入ってダイベストメントに踏み切った。19年末時点で北海道電力(9509)や北陸電力(9505)、出光興産(5019)、JXTGホールディングス(5020)など日本企業9社を投資対象から外している。ノルウェー政府年金基金も16年から中国電力(9504)や四国電力(9507)など電力各社を投資対象から外したままだ。

ノルウェー最大の年金基金KLPは19年にアルコールとギャンブル関連の企業からの投資撤退を決めた。キリンホールディングス(2503)やよみうりランド(9671)など日本企業では6社が対象だ。日本たばこ産業(2914)もニュージーランドの政府系ファンド、ニュージーランドスーパーファンドやノルウェー政府年金基金などが投資対象から外している。

ただ、企業側も対応を急いでいる。JTはESGの情報開示や投資家との対話を積極化している。たばこ産業に対する投資撤退は、宗教的な倫理観からくるものも多い。ESG課題への取り組みを強化すれば、宗教観とは無関係のESG投資家のマネーを呼び込む可能性もある。

もっとも、投資撤退に対しては否定的な声もある。「ダイベストメントは『責任ある投資家』から、ESG課題に『無関心な投資家』に株主の権利を移転することになりかねない」と年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は指摘する。ESG課題を抱える企業には対話(エンゲージメント)を通じて改善を促す必要があると見ているためだ。実際、GPIFはESG重視にかじを切って以来、ダイベストメントをしないという方針を貫く。

JTもESGに力こぶ

ダイベストメントの対象になった企業はどう投資家と向き合っているのか。たとえば、業種そのものが投資撤退の憂き目にあいやすいたばこ業界では米フィリップ・モリス・インターナショナルやアルトリアの株価は2017年のピークから4~5割下落した。

日本たばこ産業(2914)も例外ではなく、15年比で半分に沈む。もっともJTによると、たばこでダイベストメントを表明した投資家の運用資産額は全体の1割に満たず、株価低迷の主因が「ダイベストメントとは考えにくい」(広報部)。紙巻きたばこから加熱式へとかじを切り、収益が不透明になっている影響の方が大きいという。

ただ、ダイベストメントの議論とは別枠でJTはESGの課題に対する取り組みを「事業の継続には不可欠」との認識している。事業ごとに優先的に取り組む分野を設定し、ESG投資に関する格付け機関や調査会社からの調査にも応じる。通常の投資家とのミーティングに加え、ESGをテーマにしたものも実施している。19年の投資家ミーティングは全体で500回にのぼった。

非財務情報の開示にも力を入れる。これまでウェブサイトに掲載してきたサステナビリティリポートを今年からアニュアルリポートとまとめて統合報告書として発行した。

また、たばこ葉の燃焼を伴わず煙を出さない新スタイルの製品により、「喫煙に伴う疾病のリスクを低減できる可能性がある」と見る。今後も喫煙リスクを減らせそうな製品の開発や評価の研究に注力する。

ダイベストメントの対象になりそうな業界の企業でもESGへの積極的な取り組みを続けることで一定の評価は得られる。ESGマネーの流出を抑え、流入を増やす知恵が求められる。

(ESGエディター 松本裕子、岩本圭剛、野口知宏)

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