凡庸な投手が主戦級に? これだけ違う「左対左」 - 日本経済新聞
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凡庸な投手が主戦級に? これだけ違う「左対左」

野球データアナリスト 岡田友輔

ピンチで左の強打者を迎えたチームの監督が投手交代を告げにベンチを出れば、リリーフで登場するのは左投手と相場は決まっている。目には目を、歯には歯を、毒には毒を、左には左を――。「左対左は投手有利」は野球ファンなら誰もが知る黄金律だ。では実際、どれほど有利なのだろうか。

平均打率、左対左が最も低く

2019年の日本プロ野球(NPB)をみてみよう。左投手に対する左打者の平均打率は2割4分3厘。打者の攻撃力をより正確に反映するOPS(出塁率と長打率の和)は.644だった。これは4通りある左右の組み合わせで最も低い数字だ。統計に基づいて野球を分析したセイバーメトリクスの重要文献「THE BOOK」によると、防御率4点台後半の左腕でも、対左打者に限れば、同3点台半ばの右腕と同等の力関係になるという。凡庸な投手がローテーション級に変身するわけだ。

だが、いいことばかりではない。左投手と右打者の対戦は打率2割5分、OPS.745に跳ね上がり、4通りの中で最も打ち込まれている。これはよく言われるように、球筋が見やすくなるから。一方、左対左が右対右以上に投手有利になるのは、左投手の希少価値が影響していると考えられる。19年、右対右の対戦は2万2806打席あったが、左対左は8470打席だけ。左打者が左投手の球筋をみる機会の少なさが投手を利することになる。

指摘しておきたいのは、1軍にいる左投手のレベルの高さだ。対左打者で優位になるとはいえ、打者の過半数は右打者が占める。つまり、左右で同じレベルの投手がいれば、右打者が多い分だけ、右投手の方が活躍しやすい。これを逆からみると、1軍の左投手は、そんなハンディを乗り越えてきた猛者たちということになる。球の出どころが見にくいサイドスローや独特な変化球を武器に、左打者封じのスペシャリストとして生きていく投手もいる。左投手はその希少価値ゆえに生き残りやすいのではない。むしろ逆で、一部しか生き残れないがゆえに希少価値が高いのだ。

19年シーズン、左打者に特に強かった左腕を探すと、被打率1割1分3厘の松永昂大(ロッテ)を筆頭に松井裕樹(楽天)、浜口遥大(DeNA)、高橋優貴、中川皓太(ともに巨人)、公文克彦(日本ハム)らが続く。逆に左投手を打ち込んだ代表格は鈴木誠也(広島)。右投手もOPS.921とよく打ったが、対左腕では1.217と驚異的な数字を残した。対右投手との差分でみれば、アルフレド・デスパイネ(ソフトバンク)、ブランドン・レアード(ロッテ)、坂本勇人(巨人)といった右打者たちも「左殺し」と呼べる。オリックスの福田周平は左打者ながら右投手より左を打っているまれな存在。亀井善行(巨人)、高橋周平(中日)、吉田正尚(オリックス)、村上宗隆(ヤクルト)、銀次(楽天)といった左の強打者は対左腕の苦戦が鮮明だった。

左右の特性を生かした采配は記憶に残るシーンを生んできた。勝負どころで左の強打者に「刺客」として送り込まれた変則左腕たちの快投。阪神時代の野村克也監督は相手打者の左右に応じて左腕と右腕にマウンドと一塁を行き来させ、交互に登板させた。

しかし、こんな継投の妙も近い将来には歴史の産物となるのかもしれない。米大リーグでは今年から、救援投手が最低3人の打者に投げるか、登板したイニングを完了することを義務付けた。日本もいずれ追随する可能性が高い。

攻撃側の作戦では1打席しか立てない代打よりも、相手投手に応じ、左右の先発野手を併用する「ツープラトン」が有効だ。相手先発が右投手なら左打者の牧原大成、左投手なら右の川島慶三が先発するソフトバンクの二塁が好例。先述の「THE BOOK」によると、併用する選手の打力が同水準であれば、ツープラトンは年間のチーム得点力を10点程度押し上げる効果がある。左腕にめっぽう強い右打者と、右腕にめっぽう強い左打者を組み合わせて補完できれば、その効果はさらに上がる。

左右併用、長丁場の疲労緩和にも

もちろん、左右関係なく打てる一流打者ばかりで打線を組めればそれに越したことはない。だが、そんな選手をそろえるのは容易ではないし、年俸も高くつく。一芸に秀でた2人で1人という考え方は、選手の活躍の機会を広げ、長丁場の疲労を緩和する点でも理にかなう。

最近は左右のツープラトン以外にも、複数ポジションをこなせる選手を柔軟に起用したり、従来は打撃専門の選手の定位置だった指名打者枠を"止まり木"に使ってレギュラーの負担を軽減したりと起用の多様性が増している。日本では昨年、1軍の出場選手登録枠が28人から29人に拡大された。戦力を最大化するメンバー構成や選手の運用など、ベンチワークが一段と問われる時代になっている。

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