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ワコール、悩みもスキャン 店員の「神の手」頼らず

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NIKKEI MJ

肌着大手のワコールがデジタル技術を活用したマーケティングの改革に乗り出した。ユニクロなどの商品が市場に浸透し、若い世代の呼び戻しに苦慮していた同社が設けた次世代店舗は、データと人工知能(AI)を使って女性客の接客ストレスを減らす。たった5人のプロジェクトチームが始めた同社の取り組みは、老舗企業がデジタル時代に向けた経営へと脱皮できるかを占うモデルケースとなる。

3月、阪急うめだ本店の女性肌着売り場に若い女性が次々と訪れた。

お目当てはワコールが導入した3D(3次元)スキャナーを使った新サービス「3Dスマート&トライ」だ。専用の肌着を身につけて計測ルームに入るとわずか5秒でバストやヒップなど全身のデータが測れる。

20代女性は「これまで測ったことのない体のサイズが詳しく分かって面白い」と笑顔だ。データはAIが分析。タブレットにサイズに合うお薦め商品が表示される。

同サービスは2019年5月に商業施設の「東急プラザ表参道原宿」(東京・渋谷)の店舗に導入したのを皮切りに、東阪の百貨店など8店舗で手掛ける。「新規顧客が大半。これまで捉え切れていなかった若年層にアプローチできている」。サービスを主導した下山広イノベーション事業推進部長(54)が手応えを覚えるまでには、2年に及ぶ曲折があった。

「これまでの販売方法は限界がある。魔法使いになったつもりで未来の売り方を考えよう」

17年4月、次世代の売り場づくりを担当するオムニチャネル戦略推進部(当時)に集まった4人に、責任者の下山氏はそう呼びかけた。

従来の販売方法とは販売員「ビューティーアドバイザー(BA)」が採寸から商品提案までを一手に担う手法。ワコールはブラの購入時に毎回、サイズ計測を推奨している。約3500人のBAが薄地の服の上からスリーサイズを測り、合う商品を提案してきた。今でも「ワコールは(BAの)『神の手』が育ててきた」と話す役員もいる。

だが市場調査で、その前提は覆された。

「商品の説明が多すぎる」――。良かれと思っていた接客スタイルが若い女性に全く受けていない。同年11月にモニター会員へウェブ調査をしたところ、来店したことのある顧客ですら3割が「接客が来店をためらうハードル」だと回答した。

過去の成功体験に縛られて改革が進まないイノベーションのジレンマに陥っていたことにショックを受けたチーム。目に留まったのが、百貨店の化粧品売り場だった。

節約志向が高く安価な「プチプラコスメ」になじんだ若い女性が、ここ数年、比較的高価格な百貨店の化粧品に戻っている。売り場では装置を使った「肌診断」が普及。肌の潤いやシミの状態などを数値化して顧客に見せながらカウンセリングする手法に、若い女性が飛びついている。

ネット上に情報があふれ、若い世代は自分に最も合うものを指南してくれる人やサービスを求めている。データに基づく接客はアドバイスをより確からしく見せるしかけでもある。

メンバーの篠塚厚子氏(38)らは「ミステリーショッパー」のように化粧品売り場を週2、3回の頻度で渡り歩き、体験談をチームで共有。「ワコールの接客が商品説明に偏り、顧客の悩みや相談に端を発していない」(篠塚氏)と問題意識を強く持つようになった。

どうすれば消費者が戻ってくるか――。調査を経て、ストレスがかからず誰にも構われずに肌着選びができる売り場が必須との結論に達した。他人に見られずに採寸できる3Dスキャナーの構想もここから誕生した。

実用化には肌着パタンナーや接客指導担当者、計測技術を積み重ねてきたワコールの人間科学研究所の社員の3人が参加。社外から日本IBM、フューチャーアーキテクト、3D計測のスタートアップ、シンボル(東京・千代田)も参画した。

女性の気持ちに寄り添うため、各社の責任者はすべて女性とした。日本IBMの槇あずさマネージングコンサルタントは「女性の身体データである分、セキュリティーを高度に保つ仕組みを作るなどの課題も分かち合えた」と振り返る。

ただ、社内にはBAの貢献による成長体験を記憶する従業員も少なくない。デジタル技術の活用はワコールホールディングス(HD)の安原弘展社長(68)の肝煎りだが、創業家出身の塚本能交会長(72)からは「一歩進むごとにしっかりと社内に説明してほしい」と求められた。下山氏は社内説明会を開き新しい接客について従業員が共通認識を持つよう努めた。

新サービスの滑り出しは上々だ。東京・原宿の店では月1000人以上が計測し、3割が商品を購入。このうちワコール商品を初めて購入した消費者が6割を占め、うち60%が20~34歳という。

新店舗でBAの再定義も進み始めた。「顧客が計測データを基におのずとBAの接客を受け入れてくれる」。データが悩みを引き出す素地になっている。店舗のKPI(数値目標)も19年4月に改定。売上高だけでなく、新規顧客数、再来店回数なども指標に導入し、「売らんかな」に陥らないよう工夫も始めた。

「商品を選ぶのは女性たち。私たちは選択肢を提供する」(ワコールの伊東知康社長、60)。売り方の進化は始まったばかりだ。

        ◇

ワコールは長年、女性用肌着で「一人勝ち状態」(同業他社)だった。だが2000年代からユニクロの「ブラトップ」をはじめ、着心地が楽だとされる商品が市場を席巻。ネット通販で肌着を買う流れも定着した。

海外を見ればセクシーさをうたった「ヴィクトリアズ・シークレット」が業績低迷で米投資ファンドに身売りされた。カジュアル化の流れは止まらない。肌着のネット通販大手、白鳩の池上正副社長は「どうユニクロに対抗するか考えないといけない」と話す。

ワコールHDの20年3月期の連結業績(米国会計基準)は、営業利益が前の期比43%増の70億円、売上高は2%減の1910億円を見込む。国内事業の売上高は10年ほど横ばい。百貨店向けなどの卸売事業が落ち込む。

服飾業界に詳しいローランド・ベルガーの福田稔パートナーは「安価な商品を売るSPAにコストパフォーマンスでは勝てない。独自の顧客体験を作ることが不可欠」と指摘する。ワコールがブラで強いと自認するのは約4000円以上の中高価格帯。ここで接客を刷新し、価格に見合う満足感を得たと消費者に認められる必要がある。

今後模索するのは他社との連携だ。ワコールの篠塚氏は「3Dスキャナーを中心に女性美についてのプラットフォームを作れれば」と話す。他のアパレルと連携して3Dスキャナーを中心に置いた売り場を作り、「働く30代女性」などのテーマに沿ったスカートやブラウスなどを一括して提案する、などが想定できそうだ。採寸データから服作りを目指す企業との協業も視野に入れる。

(京都支社 赤間建哉、斎藤毬子)

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