オンライン診療、壁は厚労省 医師会へ配慮にじむ

大林 尚
2020/4/2 23:30 (2020/4/3 3:27更新)
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新型コロナウイルスの病院内での感染を防ぐため、ビデオ通話などによるオンライン診療の活用を広げる規制緩和が限定的な範囲にとどまる恐れが出ている。焦点は受診歴のない患者でも初診からオンライン診療を認めるかどうか。厚生労働省は対面で得る情報の重要さを理由に、かかりつけ医から情報提供を受けた別の医療機関などに絞る方針だ。拡大を恐れる日本医師会への配慮がにじむ。

「人類が経験したことのないようなことが起きている。あまりに生ぬるいというのが私の感覚だ」。2日、政府の規制改革推進会議の小林喜光議長(三菱ケミカルホールディングス会長)は落胆を隠さなかった。

作業部会が提案した「受診歴のない患者にも初診からオンライン診療を可能とすべきではないか」との意見に対し、厚労省からの回答は「非常に距離があるものだった」(小林議長)。

オンライン診療は、風邪や発熱といった軽症の人が自宅にいながら診断してもらえるようにするなど医療の利便性を高める力を持つ。新型コロナの感染が拡大してからは、通院先での感染を防ぐ手段としても期待が高まっている。

3月31日の経済財政諮問会議で、安倍晋三首相は「現状の危機感を踏まえた緊急の対応措置を規制改革推進会議で至急取りまとめてほしい」と指示を出していた。

規制改革推進会議の主張は、受診歴のない患者でも初診からオンライン診療を認めれば、通院を省け、患者も医療従事者も院内感染から守れるというものだ。一方、厚労省は受診歴のある患者で高血圧などの慢性疾患であれば可能だが「受診歴のない患者は認められない」と説明したという。

厚労省がオンライン診療の拡大を阻もうとする背景には日本医師会の存在がある。オンライン診療は「対面に比べ診察時に得られる情報が限られる」というのが医師会の主張だ。通院にかかる時間をあまり気にしなくて済むため、評判のよい病院に人気が集中し、淘汰が進むのを恐れていることも抵抗の裏側にある。

オンライン診療はあくまで対面診療を補完するものと位置づけられ、生活習慣病など慢性疾患に限られてきた。症状の変化が激しい急性疾患は対象外だ。医療サービスの対価として受け取る「診療報酬」も対面より少なく、対面の場合と比較して半分以下となることもある。

加藤勝信厚労相は3月31日、オンライン診療の初診解禁を検討すると表明した。だが、厚労省が4月2日に開いたオンライン診療の指針を議論する有識者検討会は、限定的な範囲にとどめる方向性で一致した。

言葉のイメージ通り、受診歴のない患者に対して、初診でオンライン診療を認めるのは重症化の徴候を見逃すリスクなどがあるため難しいと判断した。患者が急増し、外来医療が危機的な状況にあるなど極めて限定された場合だけに認める方向で、具体的な条件を引き続き検討する。

かかりつけ医から情報提供を受けた別の医療機関で、風邪などの症状をオンラインで診てもらうことは認めることになった。ただこれも、かかりつけの医療機関で院内感染が起き、普段と異なる医療機関を受診しなければならないケースを想定したものだ。

オンライン診療は18年度に保険適用されたが、18年7月時点でオンライン診療を実施する医療機関は1000カ所程度で全国の医療機関の1%に満たない。

オンライン診療に積極的な医師もいるが、規制の厳しさが利用拡大を阻む。オンライン診療に移行するには原則、事前に3カ月以上の対面診療が必要だ。新型コロナ感染症の広がりをうけ、厚労省はオンライン診療のルールを特例・臨時的に2度緩和してきたが、その範囲は限られている。

■規制改革、目に余る及び腰
 新型コロナウイルス禍について最も恐れるべきは、重篤な感染者に適切な医療が提供できない事態だ。感染者の治療に人材や施設が割かれ、ほかの診療科が滞るのも避けねばならない。デジタル技術を使って医師が自宅や施設にいる患者を診るオンライン診療を広げるのは、医療の機能悪化を防ぐ有力な手段のひとつだ。その点で厚生労働省の及び腰は目にあまる。
 オンライン診療をサポートするスタートアップの創業者によると、オンライン診療・服薬指導を試したいという医療機関や調剤薬局からの相談がにわかに増えた。きっかけは厚労省が2月末に出した通知だ。次の2点を確認する内容である。
 まず、慢性疾患をもつ定期受診患者と新型コロナ感染源の接触を減らすため、慢性患者をオンライン診療した医師は処方箋情報を電子メールなどで薬局に送るというもの。患者は処方箋をとりに病院に行く必要がなくなる。2点目は感染者と濃厚接触した人などにオンラインで健康医療相談・受診勧奨しても差し支えないという内容だ。
 基礎疾患をもつ高齢感染者らを病院や診療所から遠ざけるための通知だが、対面診療の脇役としてのオンラインという位置づけは不変だ。感染者の増大を抑える確実な手段は、患者との接触機会を少なくすること。超高速大容量の通信規格5Gが実用化されたというのに、オンラインを脇役にとどめ置こうとする同省の姿勢は理解に苦しむ。
 このシンプルな道理が官邸に伝わり、首相は経済財政諮問会議で「医師らを院内感染から守るためにオンライン診療の活用を」と唱え、加藤勝信厚労相が初診時は対面診療が必須という原則を変える可能性に言及した。
 しかし規制改革推進会議の作業部会は、同省から色よい回答を引き出せない。背後には対面原則にこだわる医師会の政治力もちらつく。もちろん対面が必要な診療はある。だが、重視すべきは当の医師や薬剤師のあいだにオンラインの使い勝手を高めるよう求める声が広がっている事実だ。
 命の危険にかかわる重篤者は人材と設備が整った感染症病棟などで集中治療し、軽症者や自覚症状がない人は施設や自宅で療養してもらう優先順位づけ(トリアージ)が不可欠になっている。その際、軽症者の医師へのアクセスを保つのにもオンライン診療が有効だ。
 少しずつ解明されつつあるウイルスの特性に照準を定め、医療の即応態勢を再編成し、オンライン診療の環境を整え、海外事例も参考にして検査の機会を増やす。これらはひとえに厚労省の責務だ。重篤者を着実に救い、国民の不安を和らげるための医療政策という原点に立ち返ってほしい。
(編集委員 大林尚)

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