老後への備えは「WPP」で(大江英樹)
人生100年こわくない・定年楽園への道

人生100年こわくない
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2020/4/3 2:00

老後のお金をどうするか、というテーマへの関心が昨今、とても高まっているようだ。昨年、いわゆる「老後2000万円問題」が脚光を浴びたのは記憶に新しい。「最も大切なのは投資すること」だとか「いや、それより節約が肝要だ」といった具合に、様々な意見がある。ただ、いずれの考え方も、筆者には一面的にしか捉えていないように思えて仕方ない。

大江英樹氏

大江英樹氏

筆者の考える、老後に向けた最も大事なキーワードは「WPP」である。慶応大学の権丈善一教授が広めた考え方だが、ポイントを端的に言い表せるので、筆者も使わせてもらっている。

最初のWは「Work longer」。すなわち、定年にこだわらず、できるだけ長く働こうということである。2つのPのうちの1つは公的年金を示す「Public pension(公的年金)」。もう1つは「Private pension」で、企業年金(退職金を含む)や個人の貯蓄・投資と考えればよい。

筆者はサラリーマンとして定年まで勤務した後、8年前にフリーランスとして活動をするようになり、現在も働いている。現役時代は証券会社に勤めていたので、投資や資産運用の経験もそれなりに持っている。最後の10年間は企業年金に関わる仕事をしてきたから、少なくとも普通の人より年金には詳しい。

つまり、WPPのいずれも体験済みだ。だからこそ、この考え方がとても大切だと考えているのだ。

■働けるうちは働くことが最重要

WPPの屋台骨となるのは、WすなわちWork longerである。老後を考える上で最も大切なのは「働けるうちはできるだけ働く」ことだからだ。

現在、定年の年齢は60歳であるところが多いが、2013年の高齢者雇用安定法改正によって、多くの企業では定年を延長するか、就労を希望する社員を再雇用などの方法で65歳まで雇用することが義務付けられた。この影響もあって60~65歳の就労者は増え続けており、直近では8割を超えている。

だが、何と言っても平均寿命が長くなったことが背景なのは間違いない。

現在の公的年金制度の土台となる国民年金が誕生したのは1961年(昭和36年)だが、そのころの我が国の平均寿命は、男性でいえば65歳ぐらいであった。当時は55歳定年が多かったので、定年後の余生は10年ほどといえる。年金制度は本来、それくらいの期間の生活をまかなうことを前提としていたのである。

ところが、今や男性の平均寿命は80歳を超えている。国民年金が誕生した時代と同じく「定年後の余生は10年ほど」と考えるなら、現代では70歳まで働いてもおかしくはないだろう。実際、65~69歳の就労者は直近の統計では57%と半数を超えている。

できることなら、年齢に合わせてペースは落としながらも、生涯現役で働くのが理想だ。公的年金のできる1961年以前はそのような人が多かったし、働けなくなった場合には子ども(多くの場合は長男)が面倒をみるのがごく普通だった。ところが、高度経済成長の時代に核家族化が進むと、子が親の面倒をみることが難しくなった。そこで、親世代を子どもだけでなく社会全体で面倒みようという発想で誕生したのが公的年金制度である。

■年金に「抑え」と「中継ぎ」

年金というのはいわば、家族の扶養機能を社会的に制度化したものだといっていい。これがPublic pension(=公的年金)なのだ。

野球に例えると、Work longerは先発完投型の投手である。これに対して、Public pensionは抑えの切り札といえるだろう。プロ野球の世界でも、かつては先発投手が完投するのが当たり前であったが、現代ではなかなかそうもいかなくなっている。先発投手の負担を軽減し、試合を確実に勝利に導くためには、信頼性の高い抑え投手の存在が不可欠だ。

公的年金は終身給付だから、人生がゲームセットとなるとき、すなわち死ぬときまで投げ続けてくれるリリーフ投手である。しかしながら、抑えの切り札にあまり長く投げさせるわけにはいかない。公的年金の支給開始年齢が引き上げられたため、先発投手が降板したタイミングでマウンドに上がるのも難しくなってきた。

そこで重要になってくるのは、中継ぎ投手である。WPPではもう1つのP、Private pension(=私的年金)がこれに相当する。サラリーマンであれば退職金や企業年金が、自営業の場合は国民年金基金や小規模企業共済などが該当するといえよう。

自助努力とそれを後押しする制度は、中継ぎ投手陣の重要なメンバーである。最近話題の個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」も、中継ぎの一角と考えられよう。自営業者は厚生年金がないので、その分、中継ぎ投手陣の充実を図ることが大切だ。サラリーマンであっても、勤めている会社に退職金や企業年金がない場合には、自営業者と同様の準備が求められる。

以上を整理すると、最も大事なのは「できるだけ働く期間を長くすること」だ。次いで重要なのは「公的年金をしっかり活用すること」である。長く働いて厚生年金に長く加入すれば、将来の厚生年金の支給額も増えるし、元気で70歳まで働けるのであれば、年金の支給開始を遅らせることで年金支給額を増やせる。高齢期になってからのゆとりが大きくなるわけだから、これはとてもいいことだ。

■投資の優先順位は1番ではない

ここでもうひとつポイントとなるのは、私的年金は最後の部分だということである。ところが、世の中の多くの評論家や金融機関は、こうした順序を無視して「年金は破綻する」だの「老後貧乏」だのといった言葉であおって不安をかき立て、投資に誘導しようとする。投資そのものは悪いことではないし、筆者自身も投資は大好きだが、老後の生活をまかなうための優先順位として1番に持ってくるのは、順序が違うのではないかと思う。

サラリーマンを定年退職して8年たった筆者自身の経験と実感からすると、ずっとサラリーマンだった人なら、ぜいたくをしなければ公的年金だけでも生活していける。筆者が60歳で起業した当時は全く仕事がなく、収入もほとんどなかったが、年金だけで十分に暮らしていけた。

もちろん、60歳以降は働かずに趣味三昧というなら、公的年金だけでは難しいかもしれない。趣味が海外旅行などお金のかかるものであればなおさらだ。その場合、自助努力で老後資金をある程度こしらえておく必要がある。

ただ、基本はWPPであることを忘れてはいけない。まず考えるべきは長く働くこと、そして公的年金の仕組みと活用法をしっかり理解しておくことである。自助努力による資産形成を図るのは、順番としてはその次、と考えておくべきだろう。

大江英樹(おおえ・ひでき)
経済コラムニスト。野村証券で定年まで勤務した後に独立しオフィス・リベルタスを設立。資産運用、年金、シニアライフ、行動経済学等の分野についてコラム執筆、講演、テレビ・ラジオ等でのコメンテーターとして活動している。

[日経ヴェリタス2020年4月5日号]

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