関西の中小、攻めの採用を i-plug 中野智哉社長
未来像

2020/4/1 2:01
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 なかの・ともや 1978年兵庫県生まれ。2001年中京大経営卒。12年グロービス経営大学院大学修了。求人広告業界での営業経験が長い。12年4月にビジネススクール同期の3人でアイプラグを設立し、社長に就任した。

なかの・ともや 1978年兵庫県生まれ。2001年中京大経営卒。12年グロービス経営大学院大学修了。求人広告業界での営業経験が長い。12年4月にビジネススクール同期の3人でアイプラグを設立し、社長に就任した。

■新卒採用支援サービスのi-plug(アイプラグ、大阪市)社長の中野智哉さん(41)は日本の就職の仕組みについて「良い人材を得られる会社と得られない会社の格差が大きい」と疑問を投げかける。求人広告業界で10年間勤務した後、同社を起業した経歴を持つ。

大学を卒業後に就職したのは学生向け求人雑誌を発行する会社だった。関西を拠点に営業職として大手自動車メーカーから地元のスナック、パチンコなど約4千社を受け持った。やりがいはあったが、求人広告を中心とした日本の就職の仕組みに疑問も感じることも多かった。

当時は駅や商店街に求人広告雑誌を置くのが一般的。ただ地方都市にはそもそも雑誌の設置場所が少なく、企業も中小規模がほとんどだった。広告を出しても学生の目には留まりにくい。数十万円の求人広告に応募が1件もなく、広告を出した会社から「話が違う」と怒られることもしょっちゅうだった。

求人広告は高額な広告ほど大きく掲載されるため、大企業と中小企業で応募数の差も大きくなる。広告を出した顧客が人材を採用できたかどうかも関われない。相手からお金をもらっているのに結果を返せないという気持ちがあり、心苦しかった。罪悪感から、広告のキャッチコピーは自分で作って相手に譲っていたほか、自費でカメラを購入して営業の合間に宣伝用の写真も撮ることにした。

中野さん(中)はビジネススクール時代の仲間とアイプラグを起業した

中野さん(中)はビジネススクール時代の仲間とアイプラグを起業した

■2010年に働きながら大阪市のビジネススクールに入学した。出会った仲間とアイプラグを設立する。

起業して就職の仕組みを変えたいと、仕事後の深夜3時まで勉強し、朝6時に起きて出社する生活を送った。ストレスからか全身にじんましんが出て、病院に駆け込むこともあった。

12年に同期3人でアイプラグを創業し、当初は学生と企業をマッチングする人材紹介事業だった。営業してみると企業の反応は鈍い。元営業マンとして「これはだめだ」と直感した。同期の1人は息子が生まれたばかりで「大変なことに付き合わせてしまったかも」と気が重かった。

そんな時、思いついたのが学生が公開したプロフィルを基に企業が指名採用する「Offer Box」と名付けたサービスだ。採用が決まると当社は成功報酬を受け取る仕組みで、前払いの求人広告とは異なる。13年ごろから学生の売り手市場が進み、優秀な学生を早めに確保する企業が増えた。1年目は学生3700人、企業170社程度からスタートし、右肩上がりで増え、足元では21年卒の学生が約10万人、企業は6千社以上が登録する。

■関西に魅力のある人材を集めるため、中小企業も「攻め」の姿勢で採用に取り組むべきだという。

関西企業は東京企業に比べて「自分から人材をとりにいく」という意識が薄い。東京の従業員が千人弱の企業なら、アクセスのいい大阪・梅田付近に会議室を借りて説明会を開く。同規模の関西企業がこうした努力を他地域でしているか疑問だ。ちょっとした努力で東京企業に負けてしまっている。

すべての学生が同じ軸で企業を選ぶわけではない。社長のタイプや製品の魅力で企業を選ぶ学生もいる。一対多数の採用ではなく、一対一のコミュニケーションをとることが大事だ。SNS(交流サイト)やスマホなどの新技術で、こうした採用は以前より簡単になっている。

関西は東京と比較されがちだが、もっと高い目標を持つべきだ。世界の都市と戦っていくにはどうすべきか。大阪や京都、神戸が協力して「今までにない都市をつくる」という意思を持つことが重要だ。(聞き手は佐藤遼太郎)

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