エッジコンピューティングの活用進む8つの業界

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コラム(テクノロジー)
2020/3/30 2:00
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CBINSIGHTS
 データセンターではなく、利用者や現場の近くでデータを処理する「エッジコンピューティング」の活用が広がっている。次世代通信規格「5G」が普及しても膨大なデータの送受信には限界があるため、エッジコンピューティングは注目のテクノロジーだ。収集したデータを効率的に使うスマート農業や、自動運転車、小売りの現場など、用途も幅広い。エッジコンピューティングを活用する8つの業界での最新事例を紹介する。

エッジコンピューティングは多くの業界で活用の場を広げている。

日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

インターネットに接続された機器はこのテクノロジーの利用により、データが発生した現場のより近く(エッジ)で処理できるようになる。センサーやモーター、ポンプなどを通じて機器の内部かその近くでデータを処理できるため、クラウドなど中央集権型のコンピューティングの代替手段になる。

データの送信と処理の効率が重要になりつつある社会で、このテクノロジーは情報の収集や分析、判断材料として活用する方法を改善する大きな可能性を秘めている。

企業幹部はこの技術の重要性を認識しつつある。2019年末には決算発表での「エッジコンピューティング」への言及回数が「クラウドコンピューティング」を初めて上回った。

エッジコンピューティング、クラウドに追いつく
決算発表でのエッジコンピューティングとクラウドコンピューティングの言及回数(19年12月31日まで)

エッジコンピューティング、クラウドに追いつく
決算発表でのエッジコンピューティングとクラウドコンピューティングの言及回数(19年12月31日まで)

エッジコンピューティングには自動運転車の反応時間の短縮やデリケートな医療データの保護など広範な用途がある。このため、CBインサイツの業界アナリスト予想によると、この技術のインフラの市場規模は28年には7000億ドル相当に拡大する。

今回のリポートでは、エッジコンピューティングが既にインパクトを与えている主な業界を取り上げる。

1.農業

農業ではスマート農機の開発や、ドローン(小型無人機)が収集したデータの分析などにより、デジタル・トランスフォーメーション(DX)が進んでいる。つまり、農家はデータの処理に注目しなくてはならなくなっている。

エッジコンピューティングを使えば、農家は大量のデータを取捨選択しやすくなり、接続状況の悪い辺ぴな地域でもデータを分析できるようになる。情報をエッジで分析することで、大量のデータを継続的にクラウドに送るコストを削減できる。

人工知能(AI)をエッジで使うロボットは、現場でより迅速な判断が下せる。米農機大手ジョン・ディア傘下の農業ロボットメーカー、米ブルー・リバー・テクノロジー(Blue River Technology)は、除草ロボット「シー・アンド・スプレー」で米半導体大手エヌビディアのエッジプラットフォームを活用している。カメラを搭載したトラクターが作物と雑草とを識別し、必要な場所にだけ即座に除草剤を散布する。

大手テクノロジー各社もエッジコンピューティングを農業の用途に使うために他社と提携している。

米マイクロソフトは18年10月、IT(情報技術)を駆使した精密農業スタートアップの米スラントレンジ(SlantRange)と提携し、スラントレンジの製品にマイクロソフトのエッジプラットフォーム「アジュールIoTエッジ」を実装した。スラントレンジはハードウエアとデータ分析ツールを組み合わせ、ドローンを使った「空からのフェノタイピング(発現した形や状態の計測)」の開発に取り組んでいる。これにより作物の生育を最適化する。

(出所:スラントレンジ)

(出所:スラントレンジ)

米アマゾン・ドット・コムは19年10月、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」のソフトウエアインフラの開発を手がける米マシンショップ(MachineShop)、辺ぴな場所にエッジサービスを提供する米フリーウエーブ(Free Wave)と提携した。この提携により、アマゾンはクラウドサービス「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」で産業用エッジサービスを拡充する。

2.自動車

自動運転車では、乗っている人の安全を確保するために反応時間を最小限に抑えなくてはならない。自動運転技術の進化に伴い、車はエッジコンピューティングを使って最小限の遅延でリアルタイムに重要な判断を下すことができるようになる。

例えば、自動運転車は前方に歩行者を検知すると、すぐにブレーキをかける判断を下さなくてはならない。この情報をクラウドに送って分析し、指示を受けていては手遅れになる可能性がある。エッジコンピューティングはデータをローカルで処理するため、データをサーバーに送る時間が不要になる。このため、車は予期せぬ状況により早く対応できるようになる。

大手自動車メーカーはエッジインフラの重要性を認識している。例えば、デンソートヨタ自動車は米インテルなどのテクノロジー大手や、韓国・サムスン電子などとともに、自動車のエッジコンピューティング推進団体「AECC」に参加している。各社は共同でエッジを使った解決策や用途の開発に取り組んでいる。

一方、独BMWのベンチャーキャピタル(VC)「BMWiベンチャーズ」とトヨタ系のVC「トヨタAIベンチャーズ」は19年7月、米AIスタートアップ、リコグニ(Recogni)のシリーズAラウンド(調達額2500万ドル)に参加した。米カリフォルニア州に拠点を置くレコグニは、AIとエッジ処理を組み合わせることで自動運転車のビジョンシステムを支えている。

ハードウエアでは、中国の地平線機器人(Horizon Robotics、ホライズン・ロボティクス)などのスタートアップがAIを搭載したエッジ機器の急激な負荷に対応できる半導体の開発に取り組んでいる。

デンソー傘下で半導体の設計・開発を手がけるNSITEXE(エヌエスアイテクス)は19年2月、自動運転車用エッジ処理部門の開発を推進するため、スーパーコンピューターのスタートアップ、米クアドリック(quadric.io)に出資した。

(出所:クアドリック)

(出所:クアドリック)

3.エネルギー

スマートグリッド(次世代送電網)にエッジコンピューティングを組み込むことにより、エネルギーの未来を形成できる可能性がある。グリッドでエッジ機器を使えばエネルギー関連のデータに即座に対応し、ピーク電力を低減し、リアルタイムの消費に応じて電力を供給できるようになるため、電力供給をさらに効率化できる。

独ボッシュは住宅レベルでエネルギーを管理できるエッジとクラウドを併用したプラットフォームを手がけている。一方、米タンタラス・システムズ(Tantalus Systems)は商業用と住宅用の双方を対象に電力負荷の自動切り替えをエッジで柔軟に実行できるスマートグリッドシステムを開発している。

エッジコンピューティングを使えば、エネルギー企業は継続的に送られるストリーミングデータをふるいにかけやすくなる。これにより予知保全能力が向上し、機器の故障を防げるため、各社は時間と資金を節約できる。

さらに、監視やセキュリティーも強化できる。

サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコのVC「サウジアラムコ・エナジー・ベンチャーズ」と米ゼネラル・エレクトリック(GE)のVC「GEベンチャーズ」は、IoTセキュリティーのスタートアップ米ゼイジ・セキュリティー(Xage Security)に出資している。ゼイジはブロックチェーン(分散型台帳)技術を活用し、エッジのエントリーポイントへのアクセスに必要な認証を提供する。

エネルギー企業はドローンやロボットを使うことで、辺ぴな地域にある発電所の状態に関する情報もリアルタイムに得られる。米カリフォルニアに拠点を置くドローンデプロイ(DroneDeploy)はエッジコンピューティングを使ってリアルタイムのサーマルマップを作製し、設備の運転停止や太陽光パネルの過熱、ガス漏れなどの問題を知らせることができる。

(出所:ドローンデプロイ)

(出所:ドローンデプロイ)

4.金融サービス

金融サービスでは、エッジコンピューティングで分散化することでデリケートな情報を秘密にしておくことができる。口座保有者の情報をローカル機器にとどめることで、デリケートな情報をサーバーに送る際に傍受される懸念を減らせる。

金融サービスでは生体認証の利用が増えているため、エッジコンピューティングの需要はさらに高まる可能性がある。例えば、エッジコンピューティングを使えば顔認証データを利用者の顔写真でいっぱいのデータベースに戻すのではなく、特定の機器に保存する(そして削除する)ことが可能になる。

この技術を既に研究しているのは米決済サービスのマスターカードだ。同社はこのほど、処理スピードを速め、銀行取引で利用者のIDを守ることができるエッジコンピューティング装置で特許を取得した。

エッジコンピューティングを使えば重要な情報により迅速に対応できるようにもなる。トレーダーは足元の出来事や市場の変化に基づいてリアルタイムで判断を下さなくてはならない。エッジコンピューティングを活用すれば、トレーダーや取引アルゴリズムは市場で生じた大量のデータを素早く分析し、対応できる。

インテルやサムスンが出資するエッジインフラのスタートアップ、米ピクシオム(Pixeom)は様々なエッジサービスを提供している。世界の市場データを分析する金融向けサービスもその一つだ。

オーストラリアの通信大手テルストラとスウェーデンの通信機器大手エリクソンは19年2月、次世代通信規格「5G」とエッジコンピューティングを活用した銀行サービスの事例について研究するため、豪コモンウェルス銀行と提携した。

一方、中国のネット銀行、微衆銀行(ウィーバンク)は親会社の中国ネット大手、騰訊控股(テンセント)のクラウド部門やカナダのAI研究機関ミラ研究所と提携し、エッジ機器の分散型ネットワークを活用した機械学習の一種「連合学習(federated learning)」について研究を進めている。連合学習を使えば、銀行は消費者のデータをローカルなエッジサーバーで更新できるため、情報漏洩のリスクを抑えられる。

5.ゲーム

エッジコンピューティングを使えば、強化されたグラフィックス、拡張現実(AR)/仮想現実(VR)など最先端のゲーム機能に必要な低遅延と高速通信を実現しやすくなる。

米グーグルから分離・独立したゲーム開発会社の米ナイアンティックはエッジコンピューティングのスタートアップ、米モバイルエッジエックス(MobiledgeX)と提携し、ARゲームにエッジコンピューティングを採用している。ナイアンティックの人気ゲーム「ポケモンGO」などARを活用したゲームの没入感は、低遅延や高速通信、位置の精度に左右される。

米AT&Tは18年9月、エリクソンやエヌビディアと共同で、エッジインフラで実現できる高水準のグラフィックスと低遅延を披露した。人気アドベンチャーゲーム「シャドウ・オブ・ザ・トゥームレイダー」をライブ配信し、ゲームと対応データセンターとの遅延が16ミリ秒にとどまることを実演した。

6.医療

医療は金融サービスと同様に、非常にデリケートな情報を扱うため厳しく規制されている業界だ。エッジコンピューティングを使えばデリケートなデータを中央のサーバーに送らずにローカル機器にとどめることができるので、患者のプライバシーを優先できる。

医療提供者は医療の質を向上し、ベストプラクティスを共有しようとしているため、AIシステムに精度の高いデータセットをもっと大量に供給する必要がある。エッジ端末でAI学習が可能になる連合学習を活用すれば、医療機関は患者の未加工データを共有することなく、相互に有益なAIモデルを共同で開発できる。

エヌビディアは19年12月、AI医療スタートアップ、米オウキン(Owkin)の連合学習にエヌビディアのエッジプラットフォーム「エヌビディアEGX」を組み込むため、英ロンドン大学キングス・カレッジやオウキンと提携した。連合データセットを使って英国各地の病院をつなぎ、医療モデルの改善をめざす。

(出所:エヌビディア)

(出所:エヌビディア)

さらに、生体情報を追跡したリアルタイムのデータを大量に生成し続けるウエアラブル端末や医療機器とエッジコンピューティングを組み合わせれば、モニタリングや異常に反応する能力を高められる可能性がある。

例えば、生体情報を受動的に追跡するウエアラブル端末は、不整脈を検知するとすぐに患者や医師に通知できるようになる。脳卒中や心臓発作などリスクのある患者を追跡する機器は、緊急時には人間が介在せずにすぐに対応チームに警告を発することができる。

GEは特にAIを使う場合のエッジ処理を向上させるため、医療機器にエヌビディアの半導体を搭載している。

GEヘルスケアMR部門のゼネラルマネジャー、ジェイソン・ポリツィン氏は「リアルタイムの救命救急医療ではAIをエッジで活用する必要がある」と話している。

7.製造業

工場のデジタル化が進んでいるため、製造業各社はエッジコンピューティングを活用してセンサーや機械、ロボットが生成するリアルタイムの継続的なデータの流れを管理しようとしている。

工場では大量のデータが生成されるため、全てをクラウドに送って保存するとコストがかさむ。大半のデータは日常業務では使われず、限られた帯域幅を使い切ってしまう可能性もある。

エッジコンピューティングを使えば、各社は自社データをより効率的に管理できる。米機械学習のスタートアップ、ファルコンリー(Falkonry)はこのほど、ローカル機器で予測分析を実施できるエッジプラットフォームを開発した。米フォグホーン(FogHorn)が提供する機械学習のエッジプラットフォームは、処方的メンテナンスから資産の最適化に至るまで様々な産業用IoTの解決策を提供している。マイクロソフトのプラットフォーム「アジュールIoTエッジ」はスマート製造業に同様の解決策を提供している。

エッジコンピューティングは機械の故障やサイバーセキュリティーの脅威など問題を示すデータの異常も警告してくれる。産業用IoTスタートアップの米アルンド・アナリティクス(Arundo Analytics)は利用者がエッジから収集したデータにすぐに対応できるよう支援している。

8.小売り

無人店舗の開発に重点を移しつつある小売り各社にとって、エッジコンピューティングは店内テクノロジーの重要な要素になる。

アマゾンは18年1月、無人店舗「アマゾンGO」を一般向けにオープンした。買い物客がモバイルアプリのQRコードをかざして入店すると、店内のカメラとセンサーが客を特定し、購入するために選んだ品を登録する。こうしたテクノロジーはモニタリングをより容易かつスケーラブルにするエッジコンピューティングに支えられている。

無人店舗に取り組んでいるのはアマゾンだけではない。オランダのアホールド・デレーズは自動会計のスタートアップ、米アイファイ(AiFi)と提携し、オランダでマイクロフルフィルメント(小型の受注配送機能のある)店舗の実証実験に取り組んでいる。アイファイは無人体験を支えるためにセンサーやカメラを提供している。

米ウォルマートは19年10月、店内の顧客体験を強化するため、エヌビディアのエッジプラットフォーム「エヌビディアEGX」を導入する方針を明らかにした。

ウォルマートのデジタル実験店舗「ウォルマート・インテリジェント・リテール・ラボ(IRL)」のマイク・ハンラハン最高経営責任者(CEO)は「エヌビディアEGXを活用することで、IRLの店舗にリアルタイムのAIコンピューティングを導入し、プロセスを自動化し、店員を顧客の買い物体験の向上に振り向けることができる」と語った。

エッジコンピューティングは小売りのプライバシーへの懸念にも対処する。レジなし店舗技術を手がけるスタートアップ、米ジッピン(Zippin)は自社のカメラでは顔認証ではなく、エッジコンピューティングを使って買い物客の総合的な特徴を識別しているという。

さらに、エッジで収集したデータは中央のサーバーに保存する必要はなく、処理後は端末が自動で削除することができる。

(出所:ジッピン)

(出所:ジッピン)

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