景気が後退してから緩和 三重野氏は「早い決断」
バブル生成と崩壊 三重野元日銀総裁の証言(6)

清水 功哉
コラム(経済・金融)
編集委員
2020/3/28 2:00
情報元
日本経済新聞 電子版
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日本でバブルの生成・崩壊があった時期に日銀副総裁、総裁を務めた三重野康氏が、日銀の内部向けに残していた口述回顧録。その内容を紹介する連載の第6回は、1991年7月に公定歩合(政策金利)の引き下げに転じた局面の回顧を中心に取り上げる。

事後的な判定によれば、既に景気は91年2月に山を越え、後退局面に入っていた。このため、金融緩和への転換が遅かったのではないかとの指摘もあるが、三重野氏は「早い決断だ…

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