新型コロナ感染症、候補薬に期待される作用メカニズム
日経サイエンス
新型コロナウイルス感染症の流行が続くなか、既存の治療薬に効果があるかどうかを調べる臨床試験が各国で始まっている。米国立衛生研究所(NIH)は、当初エボラ出血熱向けに開発が進んでいた抗ウイルス薬「レムデシビル」の医師主導治験を国際共同で開始した。日本国内ではぜんそく薬の「シクレソニド」や、急性すい炎の薬「ナファモスタット」の臨床試験も動きだしている。
既存薬の中から新型コロナウイルス感染症の治療薬候補の選定が速やかに進んだのは、以前から知られていたほかのコロナウイルスの研究によって、侵入や増殖のメカニズムがある程度わかっていたことが大きい。

コロナウイルスには様々な種類がある。ヒトやブタ、ネコなどの動物にはそれぞれの種だけに感染するコロナウイルスが存在する。ヒトに感染するコロナウイルスはこれまで6種類が見つかっていた。以前から普通の風邪を引き起こすコロナウイルスが4種類知られていたが、2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)を引き起こすコロナウイルスが流行し、2012年からは中東呼吸器症候群(MERS)をもたらすコロナウイルスが一部で断続的にアウトブレイクを起こした。いずれも致死率の高い病気で、その後、これらのコロナウイルスについての研究が進められてきた。
これらのコロナウイルスの仲間に共通するのは、複雑な侵入と増殖のメカニズムを持っていることだ。ウイルスは通常、表面にあるタンパク質の突起が宿主の細胞表面にある特定のタンパク質に結合することによって侵入するが、SARSのウイルスはさらに宿主側の細胞表面にある酵素「TMPRSS2」を利用して、細胞への侵入効率を高めることがわかっていた。3月中旬に東京大学が治療薬候補として発表したナファモスタットは、この酵素の働きを止めることがMERSの研究から示唆されていた。新型ウイルスも細胞の侵入にこの酵素を使っていることから東大は細胞実験を行い、ウイルスの侵入を抑制する効果が見られたという。
コロナウイルスは、細胞内に侵入を果たすと、自分の遺伝物質であるRNAを複製するために、宿主のタンパク質合成システムを借用し、さまざまなタンパク質を合成する。このタンパク質群を使ってウイルスは自身のRNAを増やし、そのRNAをもとにウイルスの殻となるタンパク質の合成を進める。
このRNA合成の過程を阻止するのがレムデシビルだ。レムデシビルは体内で代謝されると、RNAを構成する塩基によく似た形の分子になる。この分子がRNAの合成過程に入り込むと、システムをかく乱して合成がうまく行かなくなる。富士フイルム富山化学がインフルエンザの治療薬として開発したファビピラビルも、これに類似したメカニズムでウイルスのRNA合成を妨げると期待されている。
新薬の開発には10年単位の長い時間がかかるのが通例だが、これらの候補薬はいずれもほかの病気の薬としてすでに臨床試験されたり、臨床で使われたりした実績がある。このため副作用など安全性についてのデータが得られており、もし臨床試験で効果があれば、迅速に臨床で用いることが可能になる。新型コロナウイルスについてはまだ不明な点が多いが、各国の企業や研究機関は、ほかのコロナウイルスについての研究で得られた知見をフルに活用し、治療薬の開発を急いでいる。(日経サイエンス編集部 出村政彬)
(詳細は3月25日発売の日経サイエンス2020年5月号に掲載)